みずから書き、みずから滅ぶってこと。

中田満帆 / a missing person's press による活動報告

観衆妄想

 

   *


 この闇がぼくに赦せるものをみな運び揚げてはゆれる舟たち


 夏来る山脈遠くかすみつつ胸のなかにて熟れる韜晦


 さようなら彼方のひとよいつの日か花の匂いに眼醒めるときは


 窓際の一羽のからす ほんとうは隠しごとなどしたくはなかった


 たわむれた過去のおもいで幾度も葡萄の房をひと掴みする
 

 うごかない禽獣 はるか祖国にて麦藁帽子が飛んでゆくなり


 だれもいない室でだれかが泣いているという通報があり


 夜つづく 交通情報不通なり たったひとつの卵が割れた


 老嬢のはだえのうえを蟻が這う 午後の憂愁暑さを連れる


 死がとどくまでの時間を計るため、手巻き時計をいま巻いてゐる


 やがて死がわれを癒やすか やすらかな棺のなかに花束ひとつ


 妹が夢に帰りてわれを残す 墓碑銘にわずかなる疵


 シラブルを落として来る夏の日よだれのなまえを逆さに綴る


 鳩どもの羽がひらめくとき遙か沈む湖畔の嵐が逆る


 子鼠の標本 だれが愛しいと告白せずにいられぬ夜よ


 不在票投函さるる昼の雨 ぼくが存在しないという証明


 渚にてピアノが燃ゆる 少年のときを呼びたきわれの妄想


 空中ブランコに乗った勇敢な青年たちの飢えを歩くわれの夢


 ひとりずついなくなりたり劇場にコラール響くレイトショーかな


 たったひとりのわれを失う金曜の夜の祭りの群衆のなか


   *