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きみがまだ耳清らかなる少年のときをおなじくわれはさまよう
敵は遠くおれのなかから死者たちが戦場へゆく永久のごとくに
たが罪も洗いながさずわれひとり涜神たれん雲雀捕えば
汗しぶく春の真午の運動よまだ若き青年のくるぶしを待つ
午后過ぎてに妬心のままに暮れなずむぼくの心臓だれに見せよう
青空と融けて帰らん夢の間に観た日々をまた暮らすぼくがおり
春畑の深き幻影農夫らに一瞬鍬を振りおろさるる
水根のまぶしさよまだ静かなる春の光りのなかに解かれて
ガラス戸のむこう母なるかげありし遠ざかる日のおもいで棄てる
ゆけばまたむなしくなりぬスタンドのからっぽの席にきみがいた
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山河ゆく背嚢ひとりたずさえて故国の春に咲かんとす
雨光る窓のむこうに前線が跳ねひるかえすきのうの夢を
牧神のまなざしあかくひざかりに命乞いするきのうのわれは
姉が嘔く葡萄の種よいずこにて芽をば生やしてわれを呪えよ
麦充ちる他人の土地よ光りあれ立ち入り禁止告知する板
踏む土のあたらしきかな素手で掘る根菜に通う祖国の血なぞ
わがうちの荒れ地ばかりを歩きたるきみの頬にまたすがる蝶あり
セルジュ・ゲンスブールを友と呼びたく夜半の鍵をかげずにいれり
ぼくだけの運命いまだひらかれぬ書物のなかに眠る祝祭
木々ゆれる告白せしはきみのこと緑のなかに埋もれる声
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あさどきの自販機酒場大の字に眠れる男夢を失う
水充ちるうつわのなかを水禽がほぐれる夜の卓のほむらよ
花あかり一輪抱いてわずかなる希みのうちに解れる夕べ
〈荒れ野する数千の青年よ麦なるわれ踏まれていよいよ暮れる〉
みなを統ぶファウスト眠れひざかりの天使さかまくぼくの欲望
友なくば草笛寂し静寂の燃ゆるときのみ待てるひととき
たれぞにも知られぬままに茨持つ声持たざりしふたりの唖は
黄ばみつつセロリの葉っぱ横たわるひとのひとりも憎めぬわれと
花薺みどりの恐怖訪れてわれを招くは青い戦車か
犬ふぐり萌ゆる地平に帰りたるひとりの夜の水道管よ
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春めいてひとに存ることすべてみなうとましくおもい水面に石を投ずる
たどり着く地平もなきがゆえにたた鳩の餌づけえをする日を暮らす
悲しみさえも辞書のことばとわりきってひざかりをゆく春のくやしみ
あやめ剪るひとときわれを忘れたく鎌ふりあぐる頭上の春よ
だれにもいわじ黒人青年自伝小説読了せしを夜に葬る
父通うダンス教室2階にて亡霊となりし姦婦のゆらぎ
わが春を駈けて帰らん日も暮れてやがて訪のうきみのあじさい
失える鍵よみずから沈みゆくさらば春の日――葉桜並木
春菜さえ地獄の化身ゆく道を見失っては暮れる潮騒
われを於かす男色ひとり夏の日の柊ひとつ失いしまま
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恋うるひちなきまま空に還るもの謝肉祭にて煮ゆる肉なぞ
春痩せてやがて玻璃戸に写る貌「つぎはないぞ」と告ぐるゆうぐれ
印象に残る季節よ春なれば英文法をひとり学べり
小公女葵のなかに育ち来ぬいっぽんの青木なるせつなよ
サンドバッグが死体のように横たわるボクサー地獄のほとりの水よ
童貞の日も遠ざかり天井の灯りのひとつ見あぐるばかり
わがうちの少女消え去りふたたびの淋しさばかり噛みしめるなか
尿まりてスタンド光る遠くなる情事におもうこともなかりき
からす撃つダブリスひとりたったいまぼくが消ゆるという証しとなりぬ
ソーダ水弾けてひとり地にかけりぼくの固有のおもいなんかを
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わが母のやさしき波紋ゆうぐれに投げ棄てらるるわれの石塊れ
みどかどらのいやしい笑い隣家にて老夫妻の竈の夕餉
寂しけれ大杉栄の書をば片手において茜色見るに
愛すれど寂しい荒れ野暮れる陽にむかってひとり指を組むかな
ぼくがたったいま秒針を抉るそのときにこそ人生はありぬ
林檎の木ゆれるままにてするがまま学生帽のひとつが落ちる
夜更けるせんずりひとり涜神のように為しては穢すみずから
姉ひとり憎みてひとり夜は水のよう打ち寄せ足を濡らすときがあって
ダリア死す――あるいは朝の来るように足裏をただ濡らす仕草よ
エースのジョー死す――薬莢のなかさまざまのおもいでありしまぶちを閉じて
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臥所なきぼくの暮らしよふかぶたかと土を踏みたる――青年時代
雨触れるひと日の希みまだ成らず夢に見るわが「香港独立」
眠る猫夢のはざまに降りて来てわれを慰む灰色の膚
同志なき田園遙か充つる雲やがて失うことばの数多を
春かすみもどり道などないことを悲歌に数えん母性とてなく
渚にて幼年ひとり懐いだす波は途切れずどこへとつづく
いたずらに少女舌だす瞬間にからすの一羽われをかすめる
小鳥さえ光りのなかに融けだしてやがてわれゆく道に消えゆく
姉が飛ばす種子のひとつが落ちるまで時計の針はわがものなりぬ
おもい患うことの多さよ死するまで少女のひとりわがうちにあり
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飛ぶことを習う無意味よ地上にて荒野となりて生きるわが身よ
妹の悲しみひとつぽっかりと地平の坑に落ちて輝く
生家なる朽ちたるものよ父のみが取り残されし森番のごと
暮れなずむ春の日没夕景にわが身を焼いて没してみたい
あたらしく生まるることを拒みいて寂滅に咲く花のむくろは
蜜を吸う子供のひとり春のなか花粉にまみれ消えてゆかんか
暮れて猶かがやく夕べ悲しみと対話せるものみなが零れて
花が咲いて花が咲いてやがて鳥の充ちるところまで夢を散らさん
下半身失う夢よ等価値のものをなにもいわずに捧げ給えよ
語る恋ひとつもなくてきみが泣くむすばれようもないあかときに
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ざれうたのように失せゆく一切を短篇小説まがいに綴じる
さらばわが恋いたるひとよまっすぐに麦がわかつか雨がわかつか
きのう観た夢を再現するように厨と鰐の再会望む
失職の決まる真午よ遊ばれる男の頭蓋いまにひろがる
かつてまだきみを呼んでは馳せながら階(きざはし)駈けた魔法の日々よ
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