みずから書き、みずから滅ぶってこと。

中田満帆 / a missing person's press による活動報告

暗黒祭りの準備

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 ことばなき骸の帰還御旗ふる男の腕がわずかに震るる


 もしやまだ花が咲いては切られゆくこの悔しみになまえを与う


 水温む五月のみどり手配師がわれを慰む花もどきかな


 真夜中の歯痛のなかで懐いだす星の彼方のささやきなどを


 呼び声のなきままひとり残されて葱を切るのみ黄昏のビギン


 アカシアの雨が洗って去ってゆく不在のなかの花々たちを


 霊媒もあらずや燕 亡き父の骨壺ひとつふと見失う


 夫にも父にもなれず雨季を待つひと恋うるときも過ぎて


 アル中の真昼の頭蓋涸れてゆく預金残高はなし


 この夜のほとりに立ってかりそめのぼくが鳥となって飛ぶころ


 陽ざかりの産着がゆれるベランダを見あぐる 偶然の失意


 愛を 愛を ただ代えがたいものが欲し 月の象形


 ものがみな荒野の譬え 亡霊の数え歌のみわれに聞ゆ


 姿なき星の戦慄 臨終のひとのまぶちに落ちろ 落ちろ


 転生の寂しき初夏よかげの濃い子供のひとり丘へ駈け入る


 教会の裏手でひとり酒を呑む正午の鐘のゆすぶるなかで


 しりとりの鳥の一羽を逃したる直角の空を睨むひとかな

 
 土地の神燃ゆる週末ぼくたちが犯した罪に裁きがなくて


 涜神を独身といい換えて去りし中年の肉欲むなしく涸れる


 夏至近き汎神論のたそがれが眠るわが身をふるわす三時


 だれかだれか神学のかげりを教え給えフリーウェイの男


 胸厚き青年われを超越す もはや肉体のみに淫することもなく


 夢がまだ仮説に過ぎぬ夜を見たなんだか熱いぼくのふくらはぎ

 
 海岸をうしろむきに牛歩むやがて来る屠殺へのむなしき抗い


 手に掴む麦の秋かなぬばたまの村の暗黒祭りの準備
 

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