みずから書き、みずから滅ぶってこと。

中田満帆 / a missing person's press による活動報告

被造物の夢

 

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 ひとりのみはぐれて歩む道ならん逆さにゆらる空中ブランコ


 さみしいといえぬわが身の刹那すら春の空気が洗う午後かな


 くちぐせになりしなまえを忘れたく夜のむこうへ「さよならユカコ」


 ビロードのようなまなざしひるがえる真昼の夢の足跡あって


 横たわる三輪車よ砂場にて帰らざるもの待つやさしさばかり


 ちぎれ雲のようにぼくが呼吸するいま融けてゆくランドセル

 
 わが内のふぐりが濡れる足許を神が浚って消ゆる祭式


 人生を解く一瞬馬のごと嘶きをして眠れる夜よ


 叢のタイヤいくつ燃やす午黒い煙のなかの瀆神


 ぼくを呼ぶ麦秋はるか遠くにて眠れるだれの贖罪もせず


 降る雨のささやく夕べ水風呂のなかに両足浸かるのみ
 

 緑する葉桜ならぶ生田川──孤立のときをしばし慰む


 すずかけの小径のうえを横たえて母なるものの悪霊と遇う


 ものがみなひとり遊びのように過ぎ、球体ひとつ浮かぶ中空


 混血のビート結納式ならず新郎新婦雲に漂う


 木莓よ、修辞以前の言語以てわれは走る われは走れる


 瑕のなき青春ありや禽獣が少女の足を降りるイメージ


 ロールシャッハ・テスト永久につづく裁きという戯れ


 まぼろしの渋谷炎上夢に視る半回転の夏のあおぞら


 湿っぽい映画なんだとつぶやいて昏いところに立ってる電柱


 戒律の軛のすべて甘受するヒジャブの女市場を歩む


 なんて慰めなんだ 蒼くなった唇がきれいだなんて


 バラストのようなあきらめ 歩みとは金色に道を拓くことか  

 
 寛容のパラドクスのうえをゆく衣ずれさえもいま奪われて


 神の不在がビル街にひびいて陽にまぎれる原罪意識


 キリギリス歩む砂漠の棲み家にて占星術を悪用す


 おもいでがみな水へと還元される夜に帽子を脱げば木椅子が踊る


 通り魔みたいなかぜが吹くアーケードは天使の棲み家


 仏語聴く夜の無涯は人生ごとくに存って白魚の骨


 桃の木が伐られています中空を枝が降ちては2分間憎悪する


 天国のカリナー・ワーフ窓やぶる女の群れの虚ろなる声


 きみの見える場所 つまりは燐々とした世界の終わりの夕暮れの窓


 かくれんぼするには早い朝時よ花のむこうに消える少年


 花冷えの世界のなかで迷い子たるすべての粒子祝福されよ


 涙花ふるえる蘂が呼び寄せる物語たちいまひらかれる

 
 呼び声もなきままふかくかしずいて願いの果てに死ぬる死者あり

  
 居士号も持たずに過ぎる幾星霜男のなかの宇宙が熟れて


 万葉の神の末裔ならばいま抱きとめよヒロイックなまなざし


 春の雨打ちつけるコンクリートもはや天使もいない街角


 放課後の暗殺術を極めんと自由帳にて神を夢想す


 国家すら淋しく解れゆく夜ならん時制ちがいの英文を読む


 透きとおる春の暗がり降りてゆくひとりのかげをわれは忘れじ


 ひざかりに取り残されて春を詠む夜明のような砂漠の恋人


 さくら散るビリー・ホリデイ聴きながらきみの罪など免責するか  


 虐殺の領地のうえをひるがえるナイロン製のきみのスカート


 布と皮膚が交差する点探る指犯意にまぎれ見喪う日々 


 PINK MOON 夜がこれほど鋭くてみな断面を抱えて歩む


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