みずから書き、みずから滅ぶってこと。

中田満帆 / a missing person's press による活動報告

すべての距離

 

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 われのみがひととはぐれて歩きだす初夏の光りの匂いのなかで


 ものがみな譬えのように動きだす暗喩溶けだす午前三時よ


 それまでがうそのようだとかの女がいうわれら互いに疑りながら
 

 つぎの人生あればたぶんきみを知らずに埋もれていたい


 うそばっかりで終わってしまう手紙よ燃えあぐる森林の彼方


 手に触れる温度のようにやわらかくそして悲しい現象学


 モスコミュールへミントを添えるわずかに濡れた指先の痕


 初夏の狐のように反抗の眼をしてやまずわれらの欺瞞


 ひらかれし夏への扉 たとえれば洗濯台に忘れた剃刀


 れもん色の車が走る なまぐさき鰤を一匹連れ去りながら


 バス停の女生徒ひとりふりかえる鳥の一羽がわれには見えず


 晩年をきみに与うるつかのまの陽射しのなかに棄てた季節よ


 声がまた聞えない 衛星電波も孤立する夜


 乾く水の痕を歩いてゆくもはや寂しいともおもわぬ


 たが夢も肥満のごとく膨れたりやがて萎んでしまう朝どき


 水に病める子供ばかりの風景を愛しながらもひとりは去りき


 すがるものなくてひとりの昼餉する冷めきった鮭の桃色


 やがてすべての悔しみを水樽に葬りたしとおもう夜

 

 とどかない信号ばかり永遠はすべての距離に黙することか


 童心に罪あっても気づかないふりをするラジオたちかな


 たちつてとタ行ばかりが戦いのむなしさに沁む午前2時なり


 心音数えきれぬ夜ねがえりばかりがひびく空欄


 なにしろきみの心臓の転移は全身に及ぶ天皇機関説


 蠅叩きは蠅のかわりにわれを打つ父親地獄の夜の水風呂


 永遠に生きるよすがも見当たらぬみどりの鳥の羽がひらめく


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