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隠蔽されたおれの告白 人生の私家版 再建の叶わない納屋のような人生 夢は失せ、馬はくそをひりだす 時の檻に坐ってゆうぐれを待つあいだ、きみはどこにいる? いったい、どこへむかって歩くのか 星の陰謀論 呪術のない神話のなかで 組み拉かれた裸体だらけの花とゆめコミックスが ひらかれたまんま妹たちの机にひろがって 拡大された少女たちの冬に運ばれる造花のなかで 一匹の蜂が敵を待ってる 原罪さえも濡れた通りでバスが奔る 運ばれる人形たち、家のない人間たち 貧しい心を資本に換えて とりちがえてしまった子供たちとともに涙について議論する一幕劇 笑ってる横顔がじぶんじゃなかったというだけの理由で 納屋は自然発火した。
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なまぐさき死せし魚を売る店も鱗のなかに紛れん夜よ
狐火のなかに斃れて幾星霜生きながらえる妹だらけ
色がみな褪せて眠りのなかにあって葡萄の蔦もわびしいばかり
語りべの滅びのなかで眼をひらく秋の祭りの光りのゆくえ
静思する電気設備士たちの午後いまだ知らない室に燈があって
秋水の湛えられたる桶ありてわれは頭上に月を捕らえる
ひざかりの天使たちかな唇を咬んでいまこそおわり来りぬ
詩がいまだ詩であることの証しすらなきままに存る夜の詩集よ
靴下を繕うひとり夜なべてすべてのことの可笑しさに泣く
蜂鳥の声また声が過ぎるまで竈にマッチを入れずにいたり
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銀色にふるえる羽根よかつてまだ人間たりしとき懐かしむ
かの土地を過ぐる列車よ反語にて解き明かさるるわれの出生
銀嶺よあなたはなにを憎むのか山脈光る13秒ゆく
黄身色の光りのなかで秋ひらくたとえばきみが髪を解くとき
天窓の少女展開せる夜半透視図法に挫けるわれは
光りなき両眼のうちに喪えるなまえのあったものたちなどを
星幾多あれどもわれの手にはとどかずイザナミさえも憐れな眼する
点描画の世界が濡れる滲む点いくつかに祈りいくつかにふるえ
星ひらくつぼみのような輝きを残して消ゆる天体図にて
ももいろの女陰に捧げるものもなく己が名をみな棄てる男ら
子供らの駈けて明るくなる地平やがて食べたるみずうみビスケット
花房の月よ充ちよ充ちよ充ちみちよたとえばぼくの憂鬱の上
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林檎飴今夏も食べずに終わり来てひとつ齢を過ぎるかなしさ
草はらに投げだしたもの みな光る 両足つつむスカートですら
瞼すら沈む湖畔よ 眠たいな だれが起こしてくれといったの?
茜すら女の隠語 夢を降る雨が分かつか きみとの距離を
たわむれる刻の粒子がまざまざときみを分解してる導き
なみだならきみが流せばいいのだと告げる友だち、架空の子
やわらかな 山羊のふくらみ 夜のなか 歩いていたら通せんぼされ
むらさめの郵便夫がふと立ち止まり「冷房装置の悪夢」来たりぬ
キキララの斃れる場所よ死ぬ場所よ星くずのもくろみなるものありや
冬の菜を待っているのか制服に武装して立つきみのほむらよ
なにごともなかったようにきみがいう ついさっきまで裸だったよ
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暮れ落ちるコンビニエンス・ストアの店員の女の子が星を指さす
かりそめの男歌たるわが暮らし半裸のままで窓を横切る
共食いする家族の肖像まぎれなくぼくが殺した夢ものがたり
うたかたの夢の隠語のなかですら飛べる翅もない男たち
ニューカラーの写真のようにまざまざと駐車場いま野ざらしのまま
こんなにも若さが青く光りたる夭逝以前の顕信の眼よ
ゆっくりとおもみを増すは真夜中の黒い電話のしだれるゆえさ
なればまた逢えるだろうか ひとびとが歩く速さで詩をしたためる
朝になってむらさきいろの花咲いていた 町ででようとおもう祝日
くれないの人身事故よただきみに逢えないだけの時間が惜しい
狼を祭りて濁る水まくら熱を帯びたるパセリ散らばる
岸渉るむこうに過古のぼくがいて怒りにまかせて麦を嚼んでる
豺の血が匂うのは薄原ヘリコプターをいま見喪う
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語りべの黒髪姫の櫛滅ぶ故郷に春の来たることなし
水色のおおかみ走るわがうちを汚して去りぬ妹のごと
天はるか展びゆく土地の黍色に高く跳躍せしは二輪車
蘂落ちる水のおもてにきみがいるまぼろしだらけ暮れ落ちるなか
頼るひとおらずや燕うらがえり木葉山女の首落ちる
惜しむ秋あらずや茸を狩るひとよ首狩るように鎌は閃く
花が散る貨車のなかにて眠れるをふとゆりうごかせばかのひと笑う
子供ぢみたいいわけばかりさかる秋だれと繋いだ手をいつくしむ
夢という一語をめざす目的語ひだまりながら助詞と戯むる
眼を閉じる天使の一夜むこうから農夫の妻が仕打ちを伝え
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契れ千切れ花の枯るるまで芽吹くものなき街の立体標本をかざす
かぎるあることよかぜにてならび立ち暮れるいま尽きてしまう両手があって、
統ぶるものなきわれよ冬の日の木綿豆腐を匙もて喰らう
花の名を知らないままで大人たることのすがしさあればいいのに
みどり死す ガードレールの終わりにてひとり黙って祈る咎人
いまになって悲しくなった、自動車がだれも乗せずに坂を走るに
手を繋ぐようにお寺のかげに立つ探偵少年たちの蝋石群
意味にまだ触れないままで擬態する花かまきりの現代詩かよ
きみがまだ決定論にいるとして為すすべもなくぼくは遇いたい
獅子神の蹄のあとに咲き誇る花があるらし血の匂いする
やまなみに融けるものみなすべて秋暮れてたちまち花かげもなく
社会性なきゆえわれに降りかかるプレヴェールの枯れ葉のあまた
くちなしの花のようには愛せない きみたのためこそおもうがままに
惑う鳥頭上を過ぎていままさにひろがるばかり黄金律は
関係性にまぎれる犯意少年はもはやソプラノでは歌えず
天籟とピンボールのはざまゆく比喩に充ちたる男の歩み
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過ぎ去ったもののためにみずから現在を喪うものがいる ミショーの書いたボロ屑みたいな、両の手になにもない男たちが見えないものにすがって、生きるふりをつづける こんなにも人生には描く必要のないまぼろしや夢が、時代の漂流物となって、戦慄いてる ところでわたしはなぜ、かれらについて書こうとするのか それはわたしこそが隣人であり、かれら自身であるからだ 救急車のサイレンが鳴る 運ばれるラジオの声 そして放送されなかった詩劇の結末の一行 われわれは過ぎ去ったものを 光景を 手放せないでいる それらを室に配置して 不在の観客たちのまえで 鰥夫はかれの生活を演じるだけ それだけでかれは夢幻の遠ざかるなか、現実の渇きに耐え、そしてショー・マンのひとりとして、みずからを癒やそうとあがくのだ。レイトショーの終わりも知らないままで。
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