みずから書き、みずから滅ぶってこと。

中田満帆 / a missing person's press による活動報告

死はいずれ

 

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 かげを掘る 道はくれないおれたちはまだ見ぬ花の意味を憶える


 眠れ 眠れ 子供ら眠れ 日盛りに夏の予感を遠く見ている


 プラタナス愛の兆しに醒めながらわがゆく道に立つは春雨


 祖母の死よ 遠く眠れる骨壺にわが指紋見つかりき


 葡萄の実が爆発する夜 ふいにわが腿のうらにて蜘蛛が這うかな


 数え切れない亡霊とともにフランクル読みし夜


 翳る土地 窪みのなかに立ちながら長い真昼と呼吸を合わす


 中止せる労働争議 飯場には怒りのなかの諦めがある


 楽団が砂漠に来るよ町はもう瓦礫のように散らばっている


 供物なき墓を背中に去ってゆく少年たちの歌声ばかり


 オリーブの罐詰ひとつ残されてわれまたひとり孤立を癒す


 悪しき血がわれを流ると大父の言葉を以て出るかな 家を


 さらぬだにかぜのなかにて叫ばしむ 父なるものを憎しめとわれ


 瘤のある人参ならぶ店先にわれはたたずむ人参のごと


 地下鉄にゆられる少女ためいきがやがて河になり馬になる


 封鎖されし公園金網越しの出会いもなくやがて消えゆく雲井小公園


 右左口の写真のひとつ階段に眠れる坊や、やがて醒めゆく


 夜にまだ玉葱色の月が照るかなえのなかにわれ呼びかける


 岸辺にてきみがいるならわれはただ永久に語れり虚構の歌を


 みなしごのごとくおもうみずからを 親兄弟に絶縁されて


 真夜中の菜の花畑が帯電す 手を伸ばしてはいけないところ


 初夏の水いずれは枯るる花とてもいまはわたしを見つむるばかり


 やがて夏来るときわれは瑠璃色の西瓜のごとく糖蜜を抱く


 死んだものさえも愛しくなりぬ五月のみどり駈けぬけてゆき


 苦しまぎれのうそのようなひとびとの声に騙されて


 だまし絵のように子供が逆上がる雲のうえへと昇る階段


 脅かすきみの眸のなかに棲む小人のようなぼくの分身


 火の化身 あるいは鬼火 狐火とともに歩めり不眠症かな


 町の裏手で巨人が眠る ぼくが犯した罪のせいだな


 梨熟れる十五の歳のあやまちを仮面に変えて歩く夜なり


 大根の葉っぱを茹でる過去たちと和解せぬまま一生を得る


 沈む石 ものみなやがて忘れゆくわがためにあれ固茹で卵


 逆上する女の化身死神とともに手をとり冥府を渡る


 浴場もとっぷり暮れる五月の日われはひとりの刃を研ぎぬ


 散骨のような莇が咲き誇る冥府の午後の世界線かな


 燕子花ふるえるような輪郭を見せているわれにずっと


 聞えてましたか ぼくがいままで翅のように呼吸していたときのすべてが


 たとえれば閉鎖病棟 受話器もて叫びつづける女がいたり


 初夏のことばのかぎり愛を問う死を待つような静かな通り


 わが愛の告白なんぞ価値もなく根菜ばかり食卓にある


 心ばかりの花さえも剪られ一瞬のさむざむしさ


 花を剪る花を剪る花を剪るそう告げて行方知れずの男


 まだぼくら未完の果実河岸に魚が跳ねる嘲りながら


 死はいずれ赦しとなるか森番の扉ひとつ開け放つのみ 

 
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