深夜便を待ちながら - みずから書き、みずから滅ぶってこと。

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懐石とは寒期に蛇紋岩・軽石などを火で加熱したもの、温めたコンニャクなどを布に包み懐に入れる暖房具（温石）を意味する。──Wikipedia「懐石」より

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%87%90%E7%9F%B3

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　懐石という辞の語源をむかし曹洞宗の僧侶から聞かされたことがある。播州地方の寺に仮棲まいをしていたときだ。かつて坊主は空腹に耐えるため、陽の光りで温まった河原の石を抱いて、夜を過ごしたということだった。でも、いま調べてみたら、まるでちがうじゃないか。おれはいったい、なにを学んできたのだろうと索漠たるおもいで、こいつを書いている。あとふつかで8月が終わる。きょうは喰うものがなくて、悩んでいる。それこそ石でも抱くしかないような気分だ。もちろん、作業所の工賃は支払われたし、食料品を買うチャンスはほかにもあった。だのに、ましても吝嗇に陥って、酒に注ぎ込んでしまったんだ。それも￥1900もだ。だったら千円でウィルキンソンのウォッカを買い、あとの￥900で鶏肉を買うべきだった。われながら、どうしようもない。酔いから醒めたときには、ほとんどなにも残っていないと来る。あの僧侶はなにがいいたかったのか。少なくともおれは坊主にならないでよかったということだけだ。そんな暮らしをやらずとも生きていられる。たとえ社会生活不適合者だとしてもだ。
　教訓というものはほとんどが形骸化してしまうか、ゆがめられてしまうかで、実際なんの役にも立たない。あるいは他人の人生のパッチワークやコラージュに過ぎなかったりもする。おれは歴史にも経験にも、たぶん受けとったものなどないのだろう。だからいまも貧しい。1日ぶんの鶏肉を2等分して凌ぐしかない。美人の娘と妻を持ったあの腥坊主がいまも生きているのかはどうだっていい。おれにできるのは我慢であって、創造ではない。きょうはほとんど眠っていた。午后から曲をつくろうとしたものの、空腹のあまり、そんな気分なんか吹っ飛んでしまった。あいかわらず、じぶんの過去に火傷をするじぶんがいる。詩神は逃げてしまった。ポエジーはそれ自体では、存在とはいえない。感情なり、風景なりがあって成立するものだが、おれは感情も風景も喪ってしまった。それともいま喪ったのはポエジーのほうなのか？
　とにかく、幻視を喪った詩人に居場所はなく、ひたすらじぶんの過去の内奥と戯れているしかない。この数ヶ月、いろいろと摸索しながら、多くのネット詩人たちにアクセスしてきたものの、やはりおれ自身はアウトサイダーに過ぎないし、社交的にも外交的にもなれないという事実を思い知らされた。他人がどうという以前におれ自身が信用されていない。だから、どこからも誘いなんか来ないし、「和音の会」も解散になってしまう。いままでやらかした愚行については取り消せないし、いまから信用を得るには草臥れてしまっている。おれの詩は不良債権みたいなものだ。
　いままでみたいに作品を無料配布したり、他人に送りつけたり、そういったことはなしにしていきたい。じぶんの作品は売ればいいし、他人の作品なら買えばいい。共に身銭を切らないかぎりは作品は無価値で終わってしまうような気がする。どうせ配ったところで、宣伝にはならない。よほどの金をかけて、よほどの物量作戦でも仕掛けないかぎりはむりだ。あるいはどっかの賞の候補にでもなったとか、そういった戯言にちかい来歴が必要なのかも知れない。無料詩集「point break」はいまだに配ってない。印刷製本する金、発送する金、発送先を知るための金──つまり「現代詩手帖」を買う金がいる。それにいまは疫病のせいでどこも文化的に疲弊している。いまのいま、詩が撰ばれ、そして読まれる可能性をあまり大きく望むことができない。掃き溜めのような詩壇でいったい、だれがいちばん狂っているのか。それを探ったほうがよさそうな気もする。つまりはいま、書く内容も、形式も、そして読み手さえもおれは見喪っているということだ。マスターベーションに勝る快楽が詩や、思考、そして読むことにあればいいのに、いまはない。
　けっきょくは空腹のなかで与太を飛ばしているだけだった。だれにも求められないおれ自身を画面に擦りつけているだけのことだ。なにがやりたいのか、いまだってわからない。音楽？──文学よりはマシななにかだ。各所に投稿した3つの新曲についてコメントがあった。曰く、《実はあなたの隠れファンで、チャンネル登録して、たぶん全曲聴いてます。あなたの曲は個性的であなたしか出せない味があります。「エンドマーク」という曲が、飛びぬけて好きです。ダークでアンニュイな、いい意味で不気味で暗い曲のほうが、あなたの味が良く出ているように思えます。いっぽうストローク曲の「さよならきみへ」は、大変恐れながら誰でも作れそうで、あまり何度も聴き返そうと思えず、普通です。「ぼくの墓」は、「さよならきみへ」よりかは良いと思えますが、まあまあ普通で、ギター始めたばっかりの人が作りそうで、やや印象に残らない感じはします。あなたのほかの曲は印象に残りやすく、ほろにがい残滓のようなものが脳内に留まります。よって暗い曲で大成されたほうがあくまで個人的には良いように思えます》という。じぶんの曲が暗いなどとおもったことなんか、これまでなかったのだが、そういうことらしい。他人のマネをしてじぶんを見喪っているのかも知れない。最近はずっとBメロのことばかり考えていた。いつもAとAとサビでつくってしまうからだ。そして折坂悠太とカネコアヤノばかり聴いていた。もっと自己摸倣すべきなのだろう。かつて高木正勝がインタビューで発言していたみたいに。おれはおれにしかできないことを追求するしかないのであって、他人がすでにやり遂げている領域に憬れてばかりいても決して価値にはならないのだ。
　とりあえずは、そう考えることでじぶんを落ち着かせた。Steve Gunnのアルバムを聴き、水を呑む。辞はむずかしいし、それ以上に詩はむずかしい。詩人であることに拘りはないし、歌人であることもおなじだ。ただできるとおもったものには挑みたいし、継続したいとおもっている。ただいまは心がヤワすぎる。さまざまなところから攻撃を受けてきたが、痛みに馴れるということは決してない。苦痛には劣化ということがほとんどないからだ。おれは懐いだす。12歳のときを。同性からも異性からも、年齢問わずに攻撃され、排除されてきたかを。もはや過ぎ去ったことに夢中でいてしまうおれをおもう。やつらはおれを懐いだすこともないだろう。おれだけが、いつもおれだけが懐いだすのだ。だれもおれを回想しないだろう。この独り相撲の暮らしを変革しうる方法をいつだって模索している。そう、いつだって。豊かな邂逅と経験、そして発想。それが欲しい。かつて「kaze-bungaku」を書いたときのような、ひと恋しさを取りもどしたい。いまあるのは、かつてのぬけがらだ。おれは枯れていて、力を失っている。
　さっきから裏手の高層アパートから子供の泣き声がする。いつも夜になると聞える。通報するべきか、迷っているうちにやんでしまう。いっぽう、表の高級養老院では救急車が止まっていて、いつまでもアイドリングがうるさい。おれはじぶんの枯れた湖水に背をむけて、舟を漕ぐことにした。たとえ、進まなくともだ。そしてふたつの詩を没にした。

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　　路上

　詩のグループが解散してしまった
　女4人がいきなり抜けてしまったからで
　その理由はたぶんおれの存在にある
　おれはひとを不快にさせる
　その点、群を抜いてる
　だっておれはペスト
　だっておれは毒ガス
　歩きながら、そう考えた
　詩誌や歌誌に誘って欲しいとも、
　発言したことがあったけど、
　だれもおれに手を差し伸べなかった
　そのいっぽうでおれを天才だというのもいて、
　おれはいよいよ詩人たちを信用できなくなった
　かれらかの女らのことなんか、いまやどうだっていい
　言葉の持つ引力がおれには巧く扱えない
　ふるえる左手で、もはや書く内容がない
　水のないコップを持って、
　室のなかをさまよう
　散文詩？
　そう散文詩はいまもおれの味方らしい
　だけれど、そいつとも最近はご無沙汰だ
　花のように生きたいといったら贅沢だ
　草のように生きたいといったら贅沢か
　でも、鉱物のように在りたいといったらどうだろう？
　道の終わったところから、反転して街を見下ろした
　時がまだ充たされない詩学から、おれはゆっくりと立ち上がり、
　路上の臭気のなかを歩き、枕詞をひとつ連れていこうと画策した
　星の輝きのむこうで、ベンチの脚が折れ、
　だれもいなくなった場所で、
　詩人という肩書をさげて、
　野良猫に差し上げた。

　　黄色い詩人たち

　黄色い詩人たちは真夏に残された鰯だ
　それはユーモアを持たない
　それは悪臭を放つ
　それは黄金律を持たない

　黄色い詩人たちがおれのまえを通り過ぎる
　それはすましたおもづらで　
　それは小奇麗な姿で
　それはみすぼらしい詩学で

　おれはかれらにとっちゃ、ろくでなし
　働きもせず、歌を唄うキリギリス
　おれは働かない、おれはもうもどれない
　倉庫や港湾や雑仕事にもどる気がない
　おれはたぶんだれの友人にもなれないだろう
　
　黄色い詩人たち、
　真夏の夜の享楽とともに
　じぶんたちの狭いコミュニティを守るために
　せっせとたわごとをやりだすんだ

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　辞の囚人として生きることにほとほと厭気が差してしまった。多くの詩人たちとちがって、友人のいないおれは自己限定のきびしい荒野を脱走して、べつの地平にたどり着きたいのが一心なのだ。おれのなかで、ジョン・ファンテの主人公が語る、「スーツケースを持って駅まで歩いた。あと10分で、ロサンゼルス行きの深夜便が到着する。僕はベンチに坐って、新しい小説について考えはじめた」と。

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