*
倖せという字を棄てる野辺に真っ赤な花が咲くとき
咎人のわれが触れよとするまたたきに鳥の一羽が去ってしまった
河枯れる陽だまりありぬ牛またぐ子供のかずを数える真昼
なみだぐむ玉葱姫よかなしみは心のなかにいつもあるべし
幼さがほまれとなりぬ少年は今宵カレーの王子さま
夕月の朧気なるを見つむるにひとはみな煙になるべし
わが腿の火傷の痕よいままさに発光せし夜半の厨
なつのべに帰るところもなきがまま寄る辺を探すわれのさみしさ
ゲートにて凭るるわれよ黒人の肩にゆれたる水瓶を見る
意志のないふりをつづけて文鳥の一羽が檻を飛びだしてゆく
国もなくなまえもあらじ一群の学名なぞを考える夜
自由欲しからば死ね──という声がする贋共和国
ひとがみな愛されながら去ってゆく方程式がきょうも解けない
わるびれもせず盗むひとよ 鳩啼くまで眠るな
いずれにせよ、光りがわれを晦ましてすべての過去にわかれを告げる
人妻の脚よわずかに痙攣する列車のなかの薄い暗がり
「死者の書」をわれまだ読まず永遠にちかき晩年きょうも生きたり
砂に書くなまえもあらず酔漢のひと日を生くる二月短章
きみがいう命の一語 渇きたるおれのおもいに迫るものなく
夜でなく、夢にもあらず 死がいまだ望みでもある真昼の歌
昏睡の牡蠣も煮えたり鍋ゆれる下半身など忘る忌日よ
蝶番はじけて夜が深くなる熾火の悪魔が笑う
せめてものはなむけなればよしとする現代舞踏のなかの椅子たち
いくつかの断章ひろう言葉とは自我を分断する鏡
挫かれて失う歌よ少年の日をいまおもう苦い水かな
存在も暮れてひとつになりにける鳥影過ぎるときのはざまに
供物狩りするは真昼の明るさが一瞬失せた墓場のなかで
*