みずから書き、みずから滅ぶってこと。

中田満帆 / a missing person's press による活動報告

野菜幻想

 

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 夏の花おうまがときに咲き誇るパークサイドの街灯のなか


 まなざしの光りのおおく吸われゆく雨期の花咲くみどりの小径


 うそがまだやさしい真昼 緊縛のバニーガールをひとり眺むる


 歌碑を読む老人ひとり古帽のかげに呼ばれてやがて去るなり


 十七音かぞえながらか指を折るひとりの少女図書館に見る


 季語忘る冬のベッドよなぐさみにならぬあかときわれを焼くのみ


 視るたびに顔がちがってゐるくせにおなじ声音で話すかの女ら


 ところどころ干割れたるものわれに寄すわが誕生日なり 石眺む 


 そしてまた深き穴もて傷埋めんとするに落陽遠く


 おもいでもあらじといいてさみしさもうつくしいのはきみのやまなみ


 みささぎにかかる光りかおれたちの過去などまるでなかったようだ


 夏の夜の大聖堂の寂しさに祈祷台よりじっと手を見る


 海を売る少女ありしか炎天にかかる雲さえきょうは悲しい


 夏の夜の観察日記閉じられてたがいちがいに芽吹く朝顔


 かなたにて涙するひとひとりゐるそんな予感のつづく午睡よ


 宇宙という裁きもありぬ銀河にて名づけられたる朝の咎人


 愛すらも誤植に過ぎぬ真昼間の星を指さすような偽り


 われを験す使者ばかりなり平日の業務スーパー望む奇貨なし


 雨期だれを救わんかと口にするみどりばかりの激しい図鑑


 いまなれば紫陽花ひとつ好ましと撰ぶ手のひら光る貧しく


 下校する小学生の足ひかる露草色のためらいのなか


 われのみのひめごとあらぬ蟻塚のうえを流れる雲いつ滅ぶ


 灰語など舌もてあそぶ巡礼の角の女はひとたび嗤う


 ユカコ過去すなわちすべて蹴りあげるようでおもいつわれの実存


 夏の海 天金の書をいまだ見ず灯台守の男が消える


 光りやら暮らしもなくていよいよに昏くなりたるわれの祝祭


 待機する死のモジュラーよいままに吊さるるものに現在を捧げよ


 耿々と星の餉を漂えるぼくはいまだにきみを識らない


 夏の夜話 われらの未来なんぞ識る空中ブロンコ静まるばかり


 しかれども雲もはざまに現れる光りの道はすべてきみなり


 夏来たり葡萄の房よ別れすら愛しくなりぬ岩彩の色


 土地測るひとよひとしく貧しかる情景のなか失う釦


 霧の発つ湖水のまえで口遊むfOULの歌の歓喜はあらず


 まさにいま衣擦れみたくつづく朝 われは朝寝に見蕩れてゐたり


 うきわれを悲しがらせてひとりのみ餌をやりたり郭公たちよ


 沈む山 いま光りたり夏日照り男たち食む港湾労働


 うかりけるかの女の瀬波暴れだす住所不明の手紙の数多


 うしとのみおもえでひとり樹を掴む果実などなき枝のなかまで


 やがてまだ育たぬ果実うたがたも室の窓にて太りたるかな


 夏の野のきわみはまだか叢にぬいぐるみのみ朽ちかけてゐる


 幾千の記憶は呼びぬ幼さ日のなづさいしものいまはなかりき


 真夜沈む冷蔵庫や魚光る われはや恋いむかの女の電令


 語りとは声の残滓かものがたるひとのかげ読む通訳士たち


 くだる坂 性格なんて知りはしないやつを忘れて駈けだしたりぬ


 沖つかぜ われの風街吹くときを待つはやさしい午後の潮鳴り


 かぜまじる初夏の嵐よひとびとの営みなどがわれを惑わす


 大石の夜が暮れゆく由良之助などと渾名すパンピーの群れ


 花くさしみどりもあらじ荒れ地にて入れ眼のひとつ土に植えたり


 かぜわたる 区画整理の跡地にて老夫のひとり杖を投げたり
  

 海濁る 澱のなかにてわれを見るような仕草よさらばさらばか


 かこつべき父よあなたの海路にはもはや愛しきものなどあらず


 かごやかなりぬひとの世ばかり不燃物残されてきょうも生きぬ


 とことわの花野のありしか炎天の素人土工の頭蓋啼きおり


 わが水の深さたしかむ両の手よだれに与うかこの千百秋を


 陽はやさしこの生き方がつづくかといつものようにうつむく午よ


 終わりなきものなどあらず冷凍の鰯の頭噛みつぶすなり


 遠くとおくいおえなみする海よまだ飛び落ちるには温かいかな


 花々に教わったのだ 再会がおきえぬことが未来であると


 青嵐来るにまかせて夏草の束をくすねてわれを慰む


 やまなみに光りが降りる せめてまだきみの在処をめぐってゐたい


 かたっぽうの足を鳴らして待っていて いますぐ夜をつれてゆくから


 老犬のまなざしやさしおれがいま犯した罪をなだめすかすか


 亡霊一家 闇の手配師 ちぎり絵のなかにまぎれて輸出されたし


 ベルボトム逆さに吊す夏の夜の卑語のごとくか愛しきものら


 はつ夏の水を眺むる凡夫たるゆえを知らぬか布引の滝よ


 歌碑めぐる道は険しくつづくものやがて来りぬ死者たちのため


 主はいつも留守なり この庵にたどり着くものに否を告ぐため


 われもまたあたまさげさしひとにみな死ねと祈りし清正人参


 道泥む テールランプの群れがいま花の季節に踏みとどまりぬ


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注釈「野菜幻想」とは寺山修司による『詩学』の第一章である。以下に収録。