*
かつてまだ清きわれなどありはせず水桶ひとつ枯れて立つのみ
大粒の汗ながれたりおもづらに不安が充ちる拳闘士かな
別離のほかに道などあらず静脈の畔に集う農夫のふたり
うすらびのかなたにきこゆ声ならば耳をすまそう裁きのなかで
けつまずく犬よ死人の貌に似た門扉のまえで吼え声もなし
はるかなる他者のなかへと読まれつつ忘れられゆくわればかりなり
ゆうやみにふかづめ光る花のごと凋れるおもい抱えきれない
暗渠を走るたましい欲すやりばなきおもいの幾多星に似てをり
あじさいのなかで女がたちどまる声なき雨季の果てのはてまで
よるべとは夜の廚か明滅の最後の光りきみへあげるよ
かげが降る存在たりしものあれば窓より眺む──神などあらじ
みずからをうたぐりながら道を踏む もはや友さえない一瞬を踏む
ものがみな昏くなりたり机上にて貨物列車が取り残さるる
ささやかな願いもあらずおもざしにほんのひとひら花を捧ぐる
*