みずから書き、みずから滅ぶってこと。

中田満帆 / a missing person's press による活動報告

父殺し [04/14]

 


  詞書 此処に至っても、いまだ父を殺す夢を見てゐる


    *


 うつくしき仕事ありしか夏の日の父を殺せぬわが夢の果て


 ジャン・ギャバンの左眉かすめていま過ぎる急行のかげ


 地球儀を西瓜のごとく切る真昼 夏に焦がれた蟻が群がる 


 老犬のような父あり土を掘るだれも望まぬ無用のおとこ


 ヴィジョンなき建築つづく旧本籍地 夢の家なぞ落成はせぬ


 わが父の叱声やまぬ朝どきよ「にんげんやめて、ルンペンになれ!」


 薪をわる斧さえ隠語 ときとして虚にはあらざる代理の世界


 父さえも殺せぬわれをあざけりし世界夫人のエナメルの靴


 ポンヌフと渾名されてひさしい電話を手にひとびとの分断つづくものよ


 文学など識らないくせに語りたがる父の背中に降りる大雲


 水準器 水のなかにてゆるれもの示せるものみなわれを統べるか


 父殺し謳うよすがに残るかな数世紀もの猫の足痕


 男とう容れものありば生きる死を抱えてなおも夏日はきびし


 「父に似し声音」といわれ戸惑えるわれのうちなる血の塊りよ


 鏡わる 季節のなかの呼び声はいずれもだれのもまぼろしでなく 


 足の爪剪る真夜中にふとおもう遺影のなかの父の二重瞼を


 ドニ・ラヴァンを兄と呼びたきいちじつを生きて羞ぢることもなき夏


 わが死後に驕る父あり ひとびとの頭上をまわる薔薇卍かな


 少なくていいのだ だれも引き受けぬ如雨露のなかの残り水など


 「朝鮮!」と罵る父よ わが胸の38度を超ゆる夏蝶


 抱えては深くジャンプす 死の色はみなおなじなりあじさいの束


 やがて世が夢だと気づくこともあれ 革財布に護符を入れたり


 「死にたければ死ね」という声がしてふと父を懐かしむなり


 醒めてまだつづく夢あり 血だまりのなかに降り立つわが天使たち


   *

 

父殺し

父殺し

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