みずから書き、みずから滅ぶってこと。

中田満帆 / a missing person's press による活動報告

光りになれない。

 

 夢の時間も砂嵐のなかに消えてしまうだろう
 そんなテレビジョンの懐いでのなかで
 光りになれなかったひとたちと
 一緒の場所で出遭ったのは
 真昼の淡い幻想だった
 いまだほんものの喜びが見えない劇場の舞台で、
 おれはなんだか酔っ払ったように手紙を書いていた
 始まりも終わりもわからないクラインの壺のような手紙を
 きみに宛てて書いていたはずだったんだよ
 索漠とした心に夏の光りが眩しい
 おれたちは光り、そのものになりたいと願う
 この祈り、そしてひらかれたままの瞳 
 アリゾナの沙漠地帯で取り残されたテレビがひとり放送を始める時間から
 ゆっくりと立ちあがってしまったリャマを撃ち殺すという作劇
 鉛筆いっぽんでおれたちは旅にでられたし、オープンワールドの地図さえ書けた
 ゆれる襟を放さないで
 ゆれる襟を放さないで
 おれたち糞のように垂れて次の角をまがってはまた消滅する
 きみのいない場所やきみの知らない言語で語り合う
 符号する穴をすべて塞いでくれ
 符号する穴をすべて塞いでくれ
 電波塔に変身する巨人たちが馳せ登る丘で、
 いったい幾つものラジオを埋めたのかを懐いだす
 時計の針を幾つも失い、そしてたどり着いた夜を憾むとき、
 捕まえたレインコートが猫でなかったという根拠で殺害される頃、
 きみの手配書を壁中に貼って、インカ帝国の歴史を傍証するおれはたぶん、
 たぶん今更きみに出遭うこともない、もはや出遭うことはない
 過ぎ去った他者をもはやおもうことなどない
 過ぎ去った未来をもはやなじることもない
 なぜならおれが生きた証はこの本でしかないからだ
 なぜならきみがおれのなかにいたのは束の間の宇宙だってわかったからだ
 ブラウン管から8Kウルトラへの進歩と逸脱、
 体感幻覚に襲われたひとびとがさ迷う町のなかで、
 もはやテレビなんか要らない、なんの助けにもならないと気づく
 おれもやっぱり光りになんかなれやしないんだよ
 心のなかにあったきみという現象を掻き消して沙漠のなかを歩く
 拠り所などいらない、──ただおれたちが生きていたっていう記述が欲しいんだってことに
 おもいもよらず、ぶち当たってしまったんだ
 ああ、こんなところで、
 そう、こんなところで、
 醜さまでも素粒子へと変換させる、そんな力を望むまま、
 この沙漠のなかで黒いマリアの帰還を待ちわびる、
 そんな永遠の正午さ、
 その道すがら、
 おれは最後に云った、「きみがもし現れたら、
 キャデラックと結合したおれの陽物で、
 きみの大切なものを破壊してやる」ってな。
  

クラインの壷 (講談社文庫)