みずから書き、みずから滅ぶってこと。

中田満帆 / a missing person's press による活動報告

世界の終わり

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 暗がりの道で迷子にならぬようきみの手を引く幽霊の声


 時にまたひとり裁かれながら立つ図書館まえの駅の群衆


 チョコレートバー淋しく齧る午后の陽よいまだなにも了解せず


 秋の水光れるなかを走り来て憂いを語る少年もゐる


 ジューサーのなかの果肉が踊りだす夜勤終わりの朝の食卓


 声ならばここにあるぞといいかえす夜の隧道終わりが見えず


 塩を甞める いつかの海をおもいたる寂しさばかりわれに与うる


 ああ、いつも≪城よ 季節よ≫と口にする秋のさむさがなんだかやさしい


 歯痛とて季節の比喩か朝時にわれを慰むわれの手のひら


 猫すらもゐない公園 遊具らのかげが鋭く光るゆうぐれ


 ひとびとの顔うらがえる陽のなかでいまだだれかを欲る一瞬よ


 水色のゆうぐればかりひとりのみクリームソーダを飲み終わりたり
 

 いくつかの木片ひろうくべる火を持たぬわが身の寂しさゆえに
 

 言葉とて秩序に過ぎぬ 悪霊は百科事典のなかに棲むなり
 

 陽だまりに冬日が落ちる真四角の空を抱いて飛ぶ天使たち
 

 静寂も燃ゆる真昼よわが胸の言葉のすべて交換されたし
 

 落下する時のはざまよ抒情とはだれも知らない町のざわめき


 倖せという字を棄てる野辺に真っ赤な花咲くとき


 咎人のわれが触れよとするまたたきに鳥の一羽が去ってしまった


 ヘロインの売人・歌う数え唄・ヤク中だらけの朝の街角


 河枯れる陽だまりありぬ牛またぐ子供のかずを数える真昼


 なみだぐむ玉葱姫よかなしみは心のなかにいつもあるべし


 幼さがほまれとなりぬ少年は今宵カレーの王子さま


 夕月の朧気なるを見つむるにひとはみな煙になるべし


 わが腿の火傷の痕よいままさに発光せし夜半の厨


 なつのべに帰るところもなきがまま寄る辺を探すわれのさみしさ


 ゲートにて凭るるわれよ黒人の肩にゆれたる水瓶を見る


 意志のないふりをつづけて文鳥の一羽が檻を飛びだしてゆく


 国もなくなまえもあらじ一群の学名なぞを考える夜


 自由欲しからば死ね──という声がする贋共和国


 ひとがみな愛されながら去ってゆく方程式がきょうも解けない


 わるびれもせず盗むひとよ 鳩啼くまで眠るな


 いずれにせよ、光りがわれを晦ましてすべての過去にわかれを告げる


 人妻の脚よわずかに痙攣する列車のなかの薄い暗がり


 「死者の書」をわれまだ読まず永遠にちかき晩年きょうも生きたり


 砂に書くなまえもあらず酔漢のひと日を生くる二月短章


 きみがいう命の一語 渇きたるおれのおもいに迫るものなく


 夜でなく、夢にもあらず 死がいまだ望みでもある真昼の歌


 昏睡の牡蠣も煮えたり鍋ゆれる下半身など忘る忌日よ


 ひとりずつ彼方へ消える冬の陽のもっとも昏い草原の果て


 汝らに道などあらじ素裸で荊のなかに閉じ込められん


 ひとたらしの術ばかり憶えて中年の自身を憾む 真夜中の鈴


 みどりごのみどりいろなる産着には赤い葉っぱが降り注ぐままなり


 痛苦すら物語なり 芽吹きたる木の芽をひとつきみにあげよう


 昇る月 カクテルグラスに透かし見てわが晩年を予感したり


 ひと知れずキリンの首が長くなる現象学のなかの光景


 水鉄砲に実弾仕込む朝またぎきみの寝室めがけて進む


 無人駅過ぎる一瞬に自転車の少女が笑う


 星を刈る一群 街を過ぎるとき三回転の鉈をふるう


 雲分かつ光りのなかを雲雀飛ぶ 心の澱を灌ぐごとくに


 たれぞやの手袋ひとつ落ちており温もりわずか眼にて感ずる


 鶫のようなひとがいましてぼくの手に羽根をひとひら落とす日常


 暗がりに一羽のからす降り立ちぬ嘴の一瞬光りたる午后


 星ひとり酒場を歩く夜がまだここには来ない時刻なれども 


 詠むことの昏さのなかで一握の抜け髪ひろう世界の終わり


 より高き針の山への道をいま臨みたるなり地下道抜けて


 薄荷飴嘗めつつめくる歳時記に水子の一語書き加えたり


 砂漠にて鯨が泳ぐ子らが飛ぶすべて真昼のウォトカの夢よ


 死に顔のならぶ回廊やがて来る週末のプール夢見る


 たそがれのもっとも明るい場所にゐて幼年時代の悪夢をおもう


 星屑やわれを戒めこの街の流れのなかで永遠にあれ


 青果店おそらく檸檬の爆弾を流通せんと企んでゐる


 ひとがみなわれを忘れて歩みゆく一瞬のやさしい渚


 神の戸を開け給え、うつしよに燃ゆるキャデラックのため


 この夜を犯せ、この都市を犯せ、いずれ来る死に捧げ給えよ


 わが友よ、あまねく夜を歩きたるひとの横顔覘くべからず


 雨がやみ春訪れる街角に各々の衣装展示されたり


 たらちねの母も静かに眠りたる夜の大きな穴が開くなり


 墨守する国語のひとつ字訓とは河の流れに逆らわぬこと


 わが死後を神が笑えばそれよし鮭の産地をひとり眺むる


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