みずから書き、みずから滅ぶってこと。

中田満帆 / a missing person's press による活動報告

シティライツ、あるいは夏の歌

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くちを噤む──きみのためにできるのはそれだけと識るこの夏祭



桶の水零れてかれは帰らない水面に熟れる桃へ夜来て



ともすれば腿も危ういスカートの妹の肩に飛蝗あをあを




列車には男の匂い充ちたれて雨季も来たれり新神戸の町



ここにいて心地よければ祝福となすがよろしいと夏の祖父母は



晩夏訪れてたったいま淹れる珈琲の湯気に消ゆるすべての死者は




ぬばたまの夜をレールが展びゆきてしずかに充たすわが青年期



小雨降る道路改修工事にて少女誘拐われは聞くのみ 



青林檎焼きながらふとおもえり遠き姉妹の婚姻なぞを




たくさんの傘の行進見おろせば濡れるまま立つ歩道橋にて



「くちびるの厚ければ情も篤し」老ゲイ・ボーイのまなざしやさし



降られつつレインコートを展げれば羽根に見立てて落ちてゆくわれ




だからなんだ、桃のような月のかげに口腔の血がうずくまま



黙ったまま他者にまみれて検品のアボガドの色どれもすずしい



みながみな幸福だった験しなくきょうまた猪色の列車にゆらる




だんだんとスピードを増し9階の階段裏で消える潮騒



ソーダ水の壜の雫に過ぎゆきし少年の日の汗をおもいぬ


 
暗殺の夜々ひとり待っているおまえが来るという手なぐさみ




どうかまたあのうそを吐いてくださいと告げるきみに取り憑かれ



たとえば草のように花のようにゆれてみたい傘ならきみが持てばいいから 



時が鐘を鳴らす教会の尖塔に鳥がとまり雲はるか港を流れる




ひざかりに点々とする血のしずくだれにも繋がれないということ



花かすみ病かすみのなかでいま身をひらかれるひまわりの種



もう起きあがることもできません・えいえんを着た馬が視ている




水中めがねなくしちゃったよぼくはもう男の子にはなれないかもね



星にさえ追い放たれて観望の子供のひとりおれを笑った



かれのみの秘密を欲しほる穴に埋めるものなし森は明けゆく




なにものも欲せず夏を一過する貨物列車に身を委ねたき



あじさいがゆれるゆれるまたゆれてやさしさなどをあざけりゆれる



海という一語のために汲まれてはあわれしづかなる六月の桶




朝どきにれもんの一果撫づゆびのあいだ零れる無名の息づき



つぐなえることもなきまま生ることを恥ぢ草色の列へ赴く



神に似し虹鱒捌くはらわたに出産以前のかがやきばかり




うちなる野を駈けて帰らん夏の陽に照らされしただ恋しいものら



素裸のれいなおもいし少年のわれは両手に布ひるがえし



水鉄砲撃ちつくしたり裏庭を駈けて帰らぬ幼年の業




ドラムセットくずれつつあり客席の少女のひとり高くジャンプす



翻るワンピースや物干しの彼方に失せる数千のきみ



ひとのなき青森県の三沢にてふと雨さえも言語足り得んや




ほどかれた靴紐みたく細長の柩のなかに収める両の手



ひとがみなかげを残して去っていく気づけばいまは人工降雨実験なり



叢雨の降るはせつなよ燃えあがる模型飛行機路上に融け




踏む水のおもに浮かべる月だれか愛しいものをぼくにわけなさい



取り残されてまだここにいるという意味を笑うみたいに通り雨過ぎる



告げるには遅いおもいのなかで拭うもの・たとえば薄い胸板の汗




成長を遠ざけながら歩く牛挫折したいと駄々をこねてる



雨降れる一日は部屋の暗がりにがらすのコップのみが美し



けものすらやさしい夜よみずからを苛みながらも果実は青く




まだ解けぬ方程式も夕暮れてきみのなまえのなかに眠れる



曇天に滲む光りの粒遙か浸透しているきみのまなこに



かりそめの顔なやバナナ・ケース積むわれはだれやとおもういちじつ




つぐないは五月のみどりたずさえて夜の戸口へおいていくこと



舞子というかの女のことをおもいつつ舞子浜にて傘を展げる



たそがれの国の海にておもうこと──なみだという辞、どう表記する?




こんばんは好きな選手はだれですか夜の林を過ぎるあなたよ



指切りのつもりもあらずちぎりという一語のなかに解かれる夕べ



ひとがまたぼくに質問するなぜか答えたくないポーの表紙絵

 


日本語の律いっせいに狂いたる夏の匂いの向日葵畑



らしさなどなくてただひとりの男として草地のぎりぎりに立つ



春ちかきわが棟をわが梁を夢の空き地に建てる夢見る



くずれつつ街区取り残され海のふたたび満ちるを聴く



さかあがる星月淋しむくいとは幼きうちに死を悟ること



漁火をたったひとりの友と云い海路の果ての幸福求む



彎曲する水・沈黙する水・したたかにひとを攫って閉じ込める水



廚にて桃が腐れてゆく真昼べとついた手で故事を筆写す



どうやってきみが帰って来るのかを古語辞典のなかに見つける



おまえらの声など聴かない容赦なく毀してやろう濡れ縁を



呼び声がする・遠い森のむこうから、なずきのなかをくすぐるだれか



子供抱きながら傘を差す一瞬のひらめきに口をあける子よ



駈けてゆく足あざやかに光り充ち水あかり発つびしょ濡れアリスちゃん



みずたまりのむこうからうつむいて歩いて来るはさなえの亡霊



夏の匂いするがらす戸のむこうへ歩く歩く水のかたまり



けぶれるような胸持つ男青春というものをあらかじめ失いたり



精通ののちなる恋よはぢらいは晩生という駅に連れ去るる



なにもかも交換できてしまうからせめてあなたをうたぐっていたい




波打ってくずれるひとよ鶏肉のような色して死んでしまえよ



かのひとの苦膚の棘みたく存りたいと願うも夢は終わり



しめさばのすっぱい真冬くりかえす正午に於けるぼくの対処は  




ひとしれず放下の果てを死ぬべきと黄色くなったセロリの葉っぱ



麦畑のうちなる誘い墓場にて見知らぬ友のふたつの乳房あるのみ



恋いというもののいかがわしさばかりはるか弥生の光りに滅びつつあり




どういうこともなかれど声を断つ回転木馬の馬たち


 
天下原のきぬずれひとつまたひとつ水となり顔を打つ未明まで



鴎らの問いを静かに聴きながら波の答えに飛び込む隣人



ひとつでもいいからとすがりつく火ぶくれた指の愛もある



やめてくれ──ぼくを慰めようとしてゆうこ求めるなづきの襞よ



黒死病患者のごとく嘴をかぜにさからいあげるからすは




魚影のしろきひざかりに波はみなまるで飴細工



ずぶぬれていこうか犬の心臓のような港湾都市を求めて



水吃る排水の管ねじれ死に聞こえる地下のうたごえ




かならずやむかえにいくと告げしままいくども暮れる犬の地平



夜の鱈捌かれながらいまいちど漁り火に乾いたまなこ見ひらく



いたずらにさみしいともいえず熟れる芽のなかにそっと手をやる




小さな花きいろい花が咲きましたら惜しみなく千切れ惜しみなく奪え



繋留船よりコンテナ降ろされるぼくのうちがわを嘗めるように



暗がりにもういちど入りたくおもうのは銀塩写真のせいか




ときとてときのなかのたくらみにあらがえないのがかわいい



愛すらも懐かしむのみつかのまの人生という盤面の疵



それでなおかの女はぼくを赦さない花の一輪剪って葬る



忘れられたひとびとたちとゆっくり同化する銅貨みたいな鈍い輝き



懐いだせずにいるなぜ懐いだそいうとするのかもわからない



前科者ロックンローラー人夫だし検品係あしたの愁い



申楽のかたちを借りてきみの語る大きな夏の崩落のとき



夜を流れる雲の赴くところまでまわりつづけて観覧車現る



耳を閉じる──ぼくのためにできるのはこれだけとおもう舟あかり