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懐かしきわが家の枇杷よ伐られつつ繁る青葉をいまだ忘れじ
子供らに示す麦穂の明るさはたとえば金の皮衣なり
遠ざかるおもかげばかり胸を掻く溢れんばかり漆の汁よ
かなたなる蛮声いつか聞ゆるにわれの野性が眼醒めたりゆく
きみがいい きみがきみであるならばかつてのわれに否と告げたり
たとえむこうにきみがいなくともぼくは捧げる哀歌の焔
梨の木が育ちながら反逆す 夏の陽さえも惑う午後かな
ゆくたびに街遠ざかる陽炎の周波数ではだれものが迷子
忘れじと誓ういとまもなきがまま去りぬなまえはみなきみなりきゆえ
辞もて抗うことも赦されず監房時代の月は尖りぬ
いいわけもみなうるわしく聞えたる朝が来たりぬ梅雨も明けたり
銀匂う映写室より過去たちの吼え声を聴く回顧上映
恍惚を伴なう痛み胸を焼く食道炎のみじかい夜半
蓮の花ひらく一瞬怯まずに祖父の墓前で手袋投げる
曼珠沙華彼岸の果てに咲き誇るわれの起源を奪い去るため
此岸にて花をちらした兵隊がやがて冥れる安らかなれと
追われては然りとおもえ 異端なる鳥が羽搏く夏のカンヴァス
眠り姫の物語を中断す 決して眼醒めぬ毒を望めば
チベットの反乱夢む手のひらに解放軍を握りつぶして
いまはただ花いちめんのふるさとに不在のわれを探して歩く
死者の書を捲るばかりか天掟を逃れて生きる術見あたらず
定めなどなくて流るはいつぞやの水にはあらず月照らしたり
邦ごもる葉桜ゆれる夏の陽よ神の末裔たりぬかわれら
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