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たとえばあのひとが、
ひとにならず、
辞そのもので
あったなら、
花のために悼む 星が乱反射する路地裏で あのひとの詩を見かけた、年号のない日付 あまりにもおれはおろかだった そしてかの女を苛む棘のようにその世界に存ったから、トマトクリネの皿を投げ、憎悪のなかでわが身をのた打った それでもあのひとはわたしを非難しはしなかった 2019はいつも秋だったせいで、おれのなかの「さよなら」だけがいつもきらめき、そしてそのなかで書かれたものが、おれにとっての採光だった 冬の裁判所で待っています
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たとえばあのひとが、
死のなかになく、
流体そのもので
あったなら、
草のために悼む 航空力学を学ぶためには牡蠣の山葵漬けがよく似合う だれもいなかった人生に登場人物たちが現れ、おれを慰めては消えていった これはスーパーカーの仕様ですと執事がいっているのに、おれは気づかないふりをつづける 解剖美術のもっとも昏いところで、4月18日のバラードを口遊む醜い隣人 危険物取扱の資格をマスターするためにも、牡蠣がもっと必要なのだ 「愉しい会話術」を読み、ふさごとを夢想するおれは、モーテルの出口で あのひとの死を見かけた もっとも淋しい時代に生き、そして高速反射する光りが、やがて黒くなってボクサーのパンチに炸裂した
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たとえばあのひとが、
過去になく、
いままさに
生まれるなら、
鉄鋼物のために悼む なにしろ魚類にはアリバイがない 鮭も鰯も夜には逮捕できない 赤いダウンパーカーの森田童子を聴きながら、車が転落する 黄金のつまった死体が闇ルートで換金された たったいま、たぶんおれのようなものを不滅にさせようとディレクターが企み、そのまちがいを天使が解明する バスキアは死んだ ガリレオは逆らった そしてジェムズ・ブレイクの横顔がクローズアップされ、まことに退屈な流れのなかで、おれはあのひとの詩集を売り払い、その悔やみのなかでいきなり発語する
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わたしは求めない
あのひとの諒解なんか
いままで断ち切った枝のように
ずっとずっとまわりつづける
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