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きみがまだ耳清らかなる少年のときをおなじくわれはさまよう
敵は遠くおれのなかから死者たちが戦場へゆく永久のごとくに
汗しぶく春の真午の運動よまだ若き青年のくるぶしを待つ
午后過ぎてに妬心のままに暮れなずむぼくの心臓だれに見せよう
春畑の深き幻影農夫らに一瞬鍬を振りおろさるる
水根のまぶしさよまだ静かなる春の光りのなかに解かれて
牧神のまなざしあかくひざかりに命乞いするきのうのわれは
姉が嘔く葡萄の種よいずこにて芽をば生やしてわれを呪えよ
麦充ちる他人の土地よ光りあれ立ち入り禁止告知する板
終戦をおもいわずらうこともなく妹の墓見し十二の祖父は
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踏む土のあたらしきかな素手で掘る根菜に通う祖国の血なぞ
セルジュ・ゲンスブールを友と呼びたく夜半の鍵をかげずにいれり
水充ちるうつわのなかを水禽がほぐれる夜の卓のほむらよ
花あかり一輪抱いてわずかなる希みのうちに解れる夕べ
たれぞにも知られぬままに茨持つ声持たざりしふたりの唖は
黄ばみつつセロリの葉っぱ横たわるひとのひとりも憎めぬわれと
犬ふぐり萌ゆる地平に帰りたるひとりの夜の水道管よ
悲しみさえも辞書のことばとわりきってひざかりをゆく春のくやしみ
あやめ剪るひとときわれを忘れたく鎌ふりあぐる頭上の春よ
だれにもいわじ黒人青年自伝小説読了せしを夜に葬る
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春痩せてやがて玻璃戸に写る貌「つぎはないぞ」と告ぐるゆうぐれ
小公女葵のなかに育ち来ぬいっぽんの青木なるせつなよ
尿まりてスタンド光る遠くなる情事におもうこともなかりき
寂しけれ大杉栄の書をば片手において茜色見るに
眠る猫夢のはざまに降りて来てわれを慰む灰色の膚
いたずらに少女舌だす瞬間にからすの一羽われをかすめる
生家なる朽ちたるものよ父のみが取り残されし森番のごと
根菜に充たされる胃よだいこんの重さにばかり悦ぶなかれ
しなびたる茄子の憂鬱きみがまだいたころのセータを着たる
ねじれたき水管土のなかにあり聖少年を待つ朝かな
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