みずから書き、みずから滅ぶってこと。

中田満帆 / a missing person's press による活動報告

十月の黄昏れた海(今月の歌篇)


10月のたそがれた海


   *


 ボール抱く少女のかげを奪う月その影のささやかなる夕べ


 どんつきに馬現るるゆきどまり去るべき道を失う夕べ


 父死せり雲雀のかげを追うせつなまだ見ぬボール投げ合うわれら


 かたき討ち気分でひとりふかぶかと帽子かぶった秋の長雨

 
 悼むものなき秋暮れる瑠璃色のちりばめられた街の在処よ


 ふりそでのおんなはしずか狂いたり金魚のごとく街を走れる


 冷えたまぶたに月の光りは滾滾としてふたたび陽の昇る音もあり

 
 いっぽんの古釘もって誓いをば立てんとするに指先凍る


 荒れ野する友のひとりよ眠るとき行動遺伝学ふと目醒めんか

 
 眼帯のむこうにかれの未完ありまた未成熟ありまた秋風もある


   *


 きみの手に突き放されて落ちていく狂女昇天夢に見たから  
      

 両の手をひろげてひとり擬態する秋に染まるる地平線あり

 
 曇天に滲む光りの粒遙か浸透しているきみのまなこに

 
 前線の兵士のように雨傘を筒へ見立てて仔犬が笑った


 舞子というかの女のことをおもいつつ舞子浜にて傘を展げる


 ぼくという意識のそとを鳥が飛ぶ一瞬のあいま晴れた秋空


 「かの時に」──口遊さむのは啄木の古き十月のせつなばかりさ

 
 恋しさを喪うばかり中年の鰥夫に触れる雨待ちながら


 一人称不在のままに暮れていくニッポン人の言語の渠

  
 たそがれの国の海にておもうこと──なみだという辞、どう表記する?


   *

 
 秋霖の烈しい真昼水を呑む男はひとりコップへ潜る


 うつし世にもはやこがれるひともなく黒帽子の埃を払う


 トム・ヴァーレンのようにギターを弾きたいと呟いてる女の子見た

 
 水祭り流し忘れた岸にただ佇んでいる花いちもんめ


 感傷にふけるわけでもないけれどわたしは過古をアカシアと呼ぶ


 犬の死に捧げる花もないままに過ぎ去るばかり雨の初秋は


 燃えあがるような一葉のおもいでを水にあずけて過ぎる生活


 冷えた月──熾き火の消えたぼくのなかで身ごもってしまうがいいさ 

 十月の黄昏れた海ひとり来てぼくを発見するという感覚


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