みずから書き、みずから滅ぶってこと。

中田満帆 / a missing person's press による活動報告

in missing feeelings

だれかユカコを知るひとはいないだろうか

と、おもう

かつてユカコというなまえの子が好きだった

かの女のみじかい髪、そして少年性や、

透き通った声がおれを高ぶらせた

かの女は12のときの初恋だった

そして幾年もの悪夢だった

15になってかの女とおれはおなじクラスになった

でも、おれは登校拒否をしていて、

かの女と会うことはなかった

あの頃は、対人恐怖と醜形恐怖に悩まされていて、

実家では父の暴力と過干渉ぶりにいつもいつも、

脅かされていたものだ

おれは救いがたい臆病者だった

修学旅行にもいけず、

心のなかに閉じこもった

夜をさ迷い、

幹線道路を抜け、

未明のコインランドリーや、

公衆電話で朝を迎えた

そんなときもずっと、

かの女のことでいっぱいだった

高校にあがってすぐ、

かの女に声をかけられた

かの女の隣にはおれを虐めてたやつが

ニヤニヤ顔で存在してた

おれは怖じ気づいて

すぐに立ち去ってしまった

高校でも好きな女の子はできたけど、

やはりユカコは特別だった

特別すぎた

10年まえの12月、おれは告白したんだ

でも、おれはあまりに身勝手なことをいってしまい、

すぐにきらわれてしまった

それからなんどもかの女に謝ろうとした

だめだった

おれは持て余した焦燥を悪意に変えて、

かつておれを虐めたやつらを罵倒してタイムラインを埋めた

「ひとを傷つけるひとはきらい!」

ユカコはそういっておれをブロックした

公共空間のなかで居所を失った感情が回転をつづける

ユカコのことを詩にも書いたし、小説にも書いた、

歌のモチーフにもしたし、水彩画にすら変えた

もしも、おれがほんとうにかの女をおもうのなら、

逢いにゆくことも手紙をだすこともできたのに

おもいを伝えることができたのに

おれはじぶんが何者でもないことが怖くて、

なにもしないまま大人になった

ユカコはなまえはもうおれにとって古傷でしかなく、

かの女に逢いたいともおもわない

もうじき40の鰥夫としては

ユカコはもはや幻想にも充たない、

ただの記号でしかない

随分まえに死ぬときのための手紙を書いたけど、

けっきょくかの女や、幼なじみへの託けはぜんぶ消した

ユカコという過古、ユカコに纏わる、関係するすべてにおれは決別した

”冬の日にもはや焦がれるひともなく黒帽子の埃を払う”

おれの作品に多大なイメージを与えたユカコには感謝してる

きらわれてしまってても、そいつはおなじだ

でも、おれはユカコから離陸して新しい土地にゆかねばならない

半回転する尾翼から、おれの書斎まで距離

あるいは地平から消滅した愛語を化石として発見する時間

臆病なカーレッジ君からヴィクトリア幻想に至る道

ロサンゼルス分類からエリック・サティにつづく室

あらゆる妄執が意味を失うところまで、

おれが歩きつづける夜を

夜ぴって進む道

郷愁で舗装された人生をみずから破壊する愉楽を求めて、

おれはきょうから立ち去ってゆく

ユカコ、告げよう、ユカコ

さようならと

きみによって与えられた意味論、

ボストンでは禁止された試論、

それらを使い尽くして、

おれは存る

星色に輝くペーヴメントの上でたったひとり深夜便を待っているんだよ。