みずから書き、みずから滅ぶってこと。

中田満帆 / a missing person's press による活動報告

婚姻以前《今月の歌篇》

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 父を呼ぶ納屋のくらがりばかりありだれも見えない婚姻以前


 靴を失う――ときとして死後のことかのような息切れ


 革鞣す男のひとり頭蓋にて転落せし夕まぐれ


 父を殺す――わが夢なれば善き人生悪しき母なる星の最果て


 ひとづてに磯暮れなずむひと日あり石のひと塊れ許嫁と呼ぶ


 苔の青みばかりが光る春のはじめりにひらかれる傘ばかりあって

 
 失えるおみなごばかり青春は黒電話のくろい滴り


 陽を綴じる本の黄ばみよ放出の棚なかにて暮れる西日は


 くちづけの経験もなく一切が水に溺れて見える色彩


 薪を苅る――ただ瞬間身を任せ、父の打擲わが身に沁みる


   *


 よすがなきわれの頭上に現れて無人機ひとつ尿(いばり)を放つ


 夢なくば死地より臨む都市都市の夕暮れだけをわれは欲して


 たとえばきみがここにゐて鱈の血みたいな夢を語れる


 ぼくのそばにだれもないという事実帽子の埃りひとり払うときとか


 ただだれもカナンのように眠れない・呪われてあることの宿命


 水みどりはざくら芽吹く真午にて猪遡る河の上流


 本藍の望みのなかをひとりゆく行き止まりだという自覚のなかで


 盲目の時計職人暮れる日ねじのひとつを仕込みつつあり


 なみだぐまし日本の母よ草色の土地を探して息子は逝けり


 母疼く釘の刺さったままの地面にわが子のかげを投影しつつ


   *

 
 わがうちにゆうこ交わるときだれか呼んでくれないか夜更ける


 T・Hのごとくに春を歌いたいふいにブレーキする深緑のジャガー


 死をめぐる旅のことづけ懐妊はどこかだれかの逝去みたいだ


 あざみ死すひとかけらの情もなく散ってやがては塊りとなる


 あすありしもわれひとり立つこの地平にすべて仔らを祝え


 もしきみがぼくを殺すならいいだろうかつてぼくがきみを苛んだみたいに


 白日の不明者病者罹患者の群れにいてひとり憩えり


 未使用のブレーキ・シューのようにありやがて棺に眠る子供ら
 

 若さとはばかげたこととかぼやいて土のむこうに眠るウドの根


   *
 

 雨だれるひと日の事件父名乗る正体不明の無機物来たり


 カリタスや、カリタスばかり口癖は遠い故国の暗喩なり得ず


 正職もないままにただ暮れゆける日々の随に見ん夢のつぶ


 ぼくのためのおもいでならず肉欲は激しいみどりの繁殖にある


 臆病なぼくの生毛よジャンプする少年たちの哄笑に沸き立つ


 どうしようというおもいもなしくてただひとり父の柩に入れる潮騒


 山梨子のみどりのなかに燃えながら立つきりぎりすの淡いかげ見る


 くれないのまんこひらめくポルノただぼくがいないという証を欲す


 軛すら求める末期やまいとはガラスを肺に取り込むみたい


 けっきょくはみどりの真午みな歌を忘れ求める退屈だから


   *


 犯罪さえ赦せる春よ永遠を信じないものみな一歩まえ


 かぜに冒された銀の杖さえ愛おしき横尾忠則の生き霊を見し


 それは無人警察の為せる業かといいながら霧にまみれる春のシメサバ


 知ることの涜神ゆえに立ち止まる麺麭どっさりと在りし日没


 真裸の初恋ばかり横転す――すべて共産党の為業なりけん


 なにもかもかぜにまぎれて潮騒の付点追加のソの音を聴く


 花まつりあるいは花の弔いに為す術もない人造セツコ


 村あかり・こんなとこにはいなかった・首をふるのみ・ぼくのまぼろし


 父殺すゆえに赦されてしかり卍固めのような血のいろ


 姉の離縁・とおくのほとり・聞きて猶・ぼくは知らないふりをする・まだ 


   *


 燃えあぐるヨットばかりか父のむこうに見る子殺し


 離縁せし母のまなこよなにひとつ見えないままに暮れる白瀑


 鍋見つむ妹みっついつの日も和解なきまま暮れるを信ず


 裏庭に棄てられるぼくの心臓みたいな絵や本の束よ


 われを統べるものなきことの寂しさに猫のひとりに餌を与うる


 父はぼくのものをなにもかも奪い焼く――姉妹たちの嬌声ななかで


 ひぐらしの鳴けばひとつの夕暮れに歓び給うわれの苦役は


 小銭を数える、小銭を数える、たとえば暮らしの暗転のなかで


 ひとりのみかぜに攫われ去ってゆく一連のただまぶしい夜よ


 かぜはみなおなじようにと去ってゆくなにがまちがっていたのかな


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