みずから書き、みずから滅ぶってこと。

中田満帆 / a missing person's press による活動報告

雨のなかのひと殺し(2009)

 

 中降りのなかをおまえは立っていたね。時刻を確かめながら午后を全身に浴みてほほえんでいた。ちょうど仕事を終えてのところ、雨衣のうちがわにたくさんの死に顔を匂わせておまえは雨のなかにいた。
 雨は言の葉をそのおもてをなめらかにしてくれる。そのしたたりのなかでたやすく想像されていく風景はおまえがそこにいなくとも、そのすがたを雨が描きだしてくれるだろう。すべてをすみやかにして映すのだよ。──a

 ぼくは群れむれに踏み荒らされたようなアパートメントの一室から、あらゆる疎外や孤立から遁れようとして、おまえは白い邸の空白を奪おうとしてあの場面に立っていた。わかるだろう、自己憐憫の沼を一刻も早く抜けでたかったのだ。
 午后四時を過ぎてその邸宅は丘のうえに現れる。灰色の柵とむろの木にかこまれた白壁のむこうにふたりの人物が息をしている。オールズモビルは青く、それを追いかけて停車していた。あとに目立つものはなく、うねりのある市道がふたつ丘を這い、いっぽうは市街へ降り、もういっぽうは逃亡の森を進んでいた。
 雨はまだ大人しく、のちの銃声を匂わせてはいない。ただ軽快な調子で木のそとがわをひびかせ、秋の前線を奏で、ぼくらを撫ぜまわしていた。──b

 おそらくあの女はなにも知らなかっただろう。乳白色の粉末になにが隠れていたかを。──下卑な男に呑まされ、素裸のまま椅子に坐っていた。大いなる眠りをその正面において。──さあ、三つ数えるんだ。──ぼくとおまえが入るべき戸口に立ってそのそとがわで指を鳴らしてしまうんだ。ぼくは金を、おまえは秘密を求めて戸をひらく。駈けた足が見るのは死んだ男と魂しいを失った女だ。銃声はすでに硝煙でしかなかったね。雨のなかに完熟するような果実の匂い。ぼくらはふたりそいつを楽しんだっけね?
 ぼくは金を、おまえはフィルムを運び去っていった。ぼくはおまえが放った銃弾の色やかたちだけでなく、旋状跡だってあたまのなかさ。女陰を一瞬のうちに温くさせる、その声をぼくはしかと聞いていた。ぼくらは見ることでその内部に所有を増やしていく。ぼくらは聴くことで内部に路次を産む。ぼくらは考えることで内部に穴を穿つ。だれが被害者でだれが加害者か、見わけのつかないなかでぼくらは澄み切った犯罪者だ。大きな鳥が探偵という羽と落ちてきてうちわがわの虫を啄ばもうとする。それを喰いとめようとしていったい、いくつの弾倉をからっぽにしたのかもおまえはわからない。──c

 おまえはおまえへの要求を欲した。おまえは殺すことでひとびとから要求をとり去ってあげた。それはおまえがしてやれる、ただひとつのやさしさ、野兎のような非情さだった。ぼくは檜皮で葺いたような魂しいをおまえの顔に叩きつけてやまない失われた週末の一日だ。ぼくを殺そうとするおまえにぼくの左手が光る。心臓の、魂しいの縫い目を光りは引き裂き、倒れるおまえ。さようならだ。これが長いお別れの仕方だ。ぼくの分身のあとかたもない。雨のなかの人殺しとしてぼくらは存在していた。きっとアパートメントの一室ではふたつを待ちくたびれたスクランブルド・エグスが冷めて眠りつづけているだろう。もう雨もやみそうだ。

 遠くの町町をぼくは丘から見おろす。都市間鉄道の小さなラインがおぼろげに揺れている。きっと未明には見知らぬ乗客たちが青いダリアを密かに抱き、金貨一枚分の再生を祝うだろう。聖なる森を目指しながら。まるで高い窓に立っているようだ──end