みずから書き、みずから滅ぶってこと。

中田満帆 / a missing person's press による活動報告

視姦容疑

 店内アナウンスと監視カメラ、そして防犯防止鏡がおれを見つめる。乾いた土、夏の真昼。スーパーマーケットのなかでおれは酒を見てる。ワインコーナーにはだれもおれを見つめる者も、追いかける者もなかった。だから、そのなかから白ワインをとって、左手にかけた黒い腕のジャケットに隠し、店をでる。だれも追いかけて来ない。主婦たちが気怠そうに買いものに勤しむ。ただそれだけだった。持ちだした酒を公園で呑んだ。たっぷりと時間をかけて、それから昔通った小学校のまえで子供たちを眺めた。なにもかもが現実味を失い、ぐらりとする王朝のうえで交わされる戯れの数々をおもった。忌まわしい場所、惨めなおれをつくりあげた場所を見た。おれは24。これまでいちども同窓会には呼ばれたこともない。
 それから酒壜がむなしくなると、またスーパーマーケット、パントリーにいった。店内アナウンスと監視カメラ、そして防犯防止鏡がおれを見つめる。乾いた土、夏の真昼。おれはまたしても白ワインを盗みだした。すぐ近くの公園で、おれは呑んだ。そしてベンチに横たわって、太陽から顔を守った。子連れの女たちが過ぎ去った。一群、二群、三群、――そしておれはどこにも行き場がなく、だれにも求められてないことをただ悲しむだけだった。有り金はわずかだった。おれは立ちあがって、ジャケットをまとい、酒屋まで歩いた。ロング缶のビールを買って車道を眺め、降り始めた雨を気にかけながら、酒を呑んだ。パトカーが眼のまえで停車し、制服どもが降りておれを取り囲んだ。
   ここでなにをしてる?
  酒を呑んでるんだ。
   どっから来た。
  あそこから。
 おれはパントリーに横づけした、じぶんのジョルノのあたりを指さした。
   あの原付はきみのか?
  いいや。
 警官どもはえらく馴れ馴れしくしてて、なんだか腹が立った。
   近所で不審者がでてると、通報があったんや。
 こういうとき、モリエールならどう考えるだろう?
  ここはなんやから交番いって話せんか?
  いいや、おれはなにもしてない。
   そうはいかんやろ!
 おれはけっきょくパトカーに乗った。ビールを呑みながら、丘の小ぎれいな住宅地を降って、かつて通った幼稚園のまえにある交番に連行された。任意同行なんか、とんでもない。まぎれもない強制連行だ。おれは置いてきぼりにしてしまったジョルノを憐れんだ。警官どもはニタニタといや笑顔でおれをいたぶる。やつらはおれの鞄のなかを調べた。ノートと鼻炎の点鼻薬しかない。
   きみも鼻炎なんか、わしもようなるから、おなじ薬使こよんや。――3人のうち、ひとりがいった。
 背の高い、がっしりとした中年の男だった。たぶん、野球好きで、焼酎を好み、休日は寝てばかりいて、そろそろ自動車税の支払いに苦心することになるどうという、顔つきをしていた。愛読紙は日刊ゲンダイと、週刊実話。車内広告を隈なく眺めるのが趣味で、妻に内緒でファッション・マッサージにいって、女を口説いてるような類いのやつだ。 
   そのビール、棄てさせてもらうで。
  やつがおれの手から缶をもぎ取ってごみ箱に棄てた。まだ中身が残ってた。
   おまえ、あそこでなにしてたんや?
  母校のそばを散歩してなにがわるい?
   ふざけんなや、おまえが子供をじろじろ見てたって聞いとるんや。
  やつがニタついた顔をおれに近づけていった。 
   ほんまはおまえ、小さい女の子が好きなんやろ?
 屈辱だった。おれは黙ってやつを見た。ひょっとしたら、このやろうはじぶんの性癖をおれに投影してるのかも知れない。うれしそうにいったあと、やつは椅子にかけて、受話器を握った。
   おまえの実家、どこや?
  実家なんかない、ホームレスだ。
   うそこけ、母校なんやろ、そこが。
  さあね。
 急に立ちあがってやつはおれの肩を掴み、大声でみっともなく、声を荒らげた。
   ええ加減にせえや、おれらは手加減せえへんぞ!
 あと20分に及ぶ押し問答。おれはけっきょく実家について話した。どうやらワインのことはバレてないさそうだった。さらに30分で、母親が迎えに来た。制服どもにぺこぺこと頭をさげてる。そしておれについて「放浪癖がある」と洩らした。母親なんか死んでしまえだ。まったく、父に阿る、お涙ちょうだいの女の一生は聞き飽きてた。おれは丘のうえまで母の車で戻り、黙って降りると、やがてジョルノに乗って、あてのない旅路を走った。そして腹をすかせ、空想のなかで警官どもや、通報したくそったれどもを殺すことを夢見、じぶんを慰め、ノートをひらいては下手くそな叙情詩を書いたりした。
 3日のあいだ、呑まず喰わずで過ごした。それからポケット壜を残りの金で買うと、そいつを呑み干し、字地の実家へと急坂を登った。勝ちめなんか、たったひとつもないから。