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リリオム ならず者のところへもくるか? もし愛したら──(モルナール「リリオム」)
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天籟を授かりしかなゆかこという少女愛しし十二のぼくは
裏庭を濡らす霧雨にすらかのひとのかげを重ねたりにけり
初恋に死すことならず三叉路の真んなかにただネオンあり
ショーマンになりそこねたりひとの世に泣く淋しさよ舞台を仰ぐ
さしすせそ──さ行ばかりが胸を過ぐさよならというおもいのなかに
終わりゆく枷や軛を愛おしむ幾千人の正しきひとびと
冬の日に蜆を買ってひとりのみ時計じかけの月を見上ぐる
諦観の水の流るる河床のみずからのかげ消えぬままゐる
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夫婦たるべく日の果てに一匹の犬を求めてやまんか
息子の眼──魚群のなかに放たれてさまよう水族園の午
午睡せし息子の顔をしらじらと照らす冬日や間伐の音
ひざまずき息子の服を直すとき母という語を嬉しくおもう
通行止めのむこうにわずか鬼火あり夫ともにしばらく見つむ
冬の蠅いきつくところなきままに土のうえに閉じる生涯
この土地に嫁いで以来夢に見る三階の窓を走る馬たち
わが子らのやすらぎありて懐かしむふるさとちかき田園はなし
枕木を数えて歩む帰り道充ちたりたれるわたしの列車
鳥を喰う猫ありそんなことなんかいつか忘れてしまいたりけり
夜の桃──かつては少女だったみな月の光りに照らされており
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莨火をふかす月夜に神という神に下れる人涜の罰
法医学教授するひと人体のなかに眠れる口唇期かな
懐妊の響きを以っていつくしむわが子のなまえいまだなきまま
わが敵となりし男や夜はまた夫ともに愛語を交わす
ソーダ水呑みつつ職を熟しては水平線を見たくなりたり
冬暁の朝の光りの暖かくやがて忘れんかれはわたしを
わたしというなまえ忘れぬ膝かしら少しばかりの血に滲みたり
望郷のおもいもならずこの土地の鯖のあたまはいつまで青し
土塊に過ぎぬわれらと唱えたる基督信徒の外套の艶
黒人の歌の調べよ子供という未知なるものの歌は流れぬ
わが神やも知れぬ子鼠を夫に託し幾千万の星をば眺めん
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