みずから書き、みずから滅ぶってこと。

中田満帆 / a missing person's press による活動報告

voice of a familiyless man

 

*父という帽子を探す一輪の花などあらぬ野にたちながら

 

 きのう、歌誌『帆』の広報担当の三浦果実氏がわたしの父と話した。録音を聴いた。当たり障りのある話じゃない。気になったのは三浦氏が使った《父に対する恨み》という辞で、おれ自身はいまや恨んではいない。ただ《嫌悪》とか、《痼り》を感じるぐらいだ。おれの友人を自称するのなら、そこらへん気をつけて欲しかったとおもう。

 でも、まあなんというか。父のいってることはまちがってはない。しかし家庭内環境が公平であったということはなく、つねにヒエラルキーのなかでの生活を余儀なくされていた。それに酒はもともと製菓用のブランデーがあり、これを父はたびたび加水し、砂糖を入れ、呑んでいた。12歳のわたしはマネをしたというわけだ。それに中学の頃には父がペットボトルの焼酎やワインを家に置くようになった。決して定時制での飲酒がスタートではないのである。そして父方の祖父は酒乱があったらしく、後年おれが暴れたとき、「酒呑んで暴れる、おれの親父とそっくりだ」と父にいわれている。

 姉妹については「うまくいかなかった」のは次女らしい。おれは三女について「申し訳ない」という気持ちはあるが、べつに心配しているわけではない。次女は高校時代に虐めに遭い、リストカットを繰り返していた。癲癇の持病もあったから少しだけ心配はあるが、家族について日頃、おもうことなどなにもない。

 ただやはり父のやっていたことは虐待だとおもっているし、いずれなんらかの答えを迫られている。もちろん、それを間接的に支援した母についてもだ。

 

三浦果実と父の対話(音声)

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中田満帆、父について語る(音声)

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