みずから書き、みずから滅ぶってこと。

中田満帆 / a missing person's press による活動報告

おれの徒然〈05〉「成人式」篇


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01/07──予感

   ★

 1時に床に就く。音楽が一瞬聞えた。だれかが室にいるのかも知れない。だれもいない。たまたま廊下を歩いたやつのスマホから流れたものかも知れないが、ドアの音はなかった。鍵が開いてた。ようやく寝つこうとしたとき、電話が鳴る。おれはでなかった。そのとき、蛇のような生きものが蒲団に這入ってきた。慌てて起きる。なにもない。また眠ろうとする。電話の音。なにかが素早く這入ってきた。軟体動物のようにおれの躰にしがみつく。一瞬熱くなって光った。蒲団を捲る。なにもない。アルコールに起因する幻覚や幻聴かも知れない。
 夢/古いレコードについて男たちと話してる。列車なのか、車のなのかで移動する。Nがいる(絶縁した昔の友人)。おれはあるLPのなまえを指にメモする。やつがスペルを直す。おれたちは笑って別れる。おれは歩く。途中、急な坂道で三輪自動車が横転。運転手はそれでも動かそうとする。ちかくの病院にいく。医者は三國連太郎だった。病衣を着せられ、長椅子に横たわれる。やがて女医が来て、おれの病歴を見る。異常がないという。おれは眼鏡を置き忘れて、それが見つからない。
 9時過ぎて起きる。朝餉。日記を書く。無気力がつづく。書いて午睡。昼餉。とにかく、なにかやらないと時間が過ぎるだけだ。というわけで、散歩することにした。それでけっきょく業務スーパーへ。酎ハイ¥93也。強炭酸水が2本で¥80だったのにその決断。帰って来て、養老院の工事がうるさくて横になる。しばらく『初期 寺山修司研究』を読む。blog更新。ざつな書きものだったが、まあいいや。夜になって音声で森忠明について語ってみる。大して内容がない。やめておく。じぶんの引き出しのなさが露呈するだけだ。なにもかもに半端者で生きている。じぶんがインテリとはほど遠いことにもはや取り返しもつかない。寺山修司の「野菜幻想」を読んでいておもう。たかが「詩学」を語るのにジョン・ケージから〈易〉、そしてそれを落語の演目に喩えてゆき、まるで玉突き事故のようにさまざまな話題に触れ、それを散漫とおもわせない具合に「詩学」してゆくんだ。基本的な教養も覚束ないおれにはどうしようもないってことがわかった。とても寺山短歌を深めるとか、衣鉢を継ぐとかいえない。

   ★

 いつだったか、おれの長篇『裏庭日記/孤独のわけまえ』のリミックス版を考えてた。おれなりのポップカルチャーと性的記憶の本にしようとおもったが、書けるわけもなくやめてしまった。どうにかじぶんの性癖や嗜好を作品に昇華させたかった。とりあえず、テーマを「性典」と捉え、一篇の詩を書いた。出来は上々。さっそく詩集に入れる。

   ★

「性典」

 姉と妹を持って生まれたことが不道へのことはじめ
 おれのさいしょのまちがいは男の遊びを憶えなかったこと
 男のなかにおれの仲間を見つけられなかったことだ
 山口幼稚園での脱走ごっこ
 ひとり遊びの世界に迷ってしまった身分ゆえに
 おれにはまだ語り合う友がいない
 夢中になれるのはひとりごと
 子供番組の悪女たちがおれにとって性典だった
 かの女たちをおもい、おれはつよくおもったものだ

 やがて13になって、はじめてエロ本を買った
 いまでも懐いだせる、川島和津実、沢田舞香、いのうえ梨花、
 吉崎紗南、上原あやか、風野舞子、友崎りん、──そして大勢の無名人たち
 大人でないことを憎み、子供でいることに甘えていられた時代  
 おれがたったひとり探りあてたページをだれかが運び去ってしまうまえに
 おれのなかで永遠に閉じ込めてしまいたかった

 いま残されたのは近眼のおれ
 なまえを渇望しながらいまだ無名のおれ
 切り取られた街区でだれの恋人でもないおれ
 ダイアローグの機会を見失った40男のおれでしかない
 あらゆる呼び名、そのどれとも関係のないおれでしかない
 それでもポルノとエロチカを求め、探りつづけるおれ
 おもいでとはもう和解できない
 ひるがえる地平の彼方でおれはたったひとりのオナニストで、
 自身のエロトピアを探求する疎外者でしかない
 燃えあがる旅客機、繰り返される爆発で
 飛び散ったはずの過去というパズルを
 拡大しつづけるのだ
 夢のなかまでも。

   ★

01/08──発動

   ★

 けっきょく、そのまま性典、『さらばエロチカ』を書き始めた。まずは序文、題名、きょうはコラムの題名にとどめよう。この本ではいままでやって来なかった、レイアウトや字組もふんだんに盛り込みたい。イラストもやろう。けっきょく目次とレイアウトまでやった。あとは本文だが、べつに急ぐわけじゃないから、気がむいたときの遊びで書こう。真面目にやることじゃない。4時半を過ぎてしまった。マスを掻く時間がなくなる。いろいろと時間の空費。けっきょく6時を過ぎてしまった。気分は上々だ。
 寝るまえの運動に散歩。遠回りして二宮神社まで。とくに願いも祈りもなく帰る。さまざまな場所で変化。新築の建物、新しい駐車場に出くわす。その道ずっと、ずっと、20年まえに成人式にでてたらと考えてた。三田にいけばKの晴れ着姿が見られたかも知れない。西宮にいけば古顔に呼ばれてあの忌々しい小学校に呼ばれたかも知れない。Mに再会できたかも。詳しくは書かないけど、思考の階段を降りてった。見えてくるのはつくづくじぶんの醜悪さであって、いつもの随想がたんなる上澄みでしかないことに気づかされる。もちろん、この日記も例外ではない。なにもかも厭になる。
 10時半になってようやくの朝餉。薬を嚥む。ときおり、このようにしておれはじぶんを追いつめてしまう。そしてあたらしい作品ができあがるという算段だ。でも、その引き換えに昼夜逆転、とんでもない疲労、過集中に悩まされる。もう寝る。けっきょくしばらく横になっただけで終わった。昼餉。少しは思考も整理されたとおもう。
 ところがラジオに蝿が集る。音楽がふいに消え、速報が入ったのはいつだったか、おもいだせない。そしてそれがきょうのことか、20年まえなのかも当然わからない。やつはケーキをやり過ぎた。大麻入りのチョコレート・ミックスをである。これでおれも横尾忠則とおなじ経験をしたんだとかれの声が聞える。やつとはアメリカ帰りのドラマー崩れの阿呆、滝田淳平だった。音楽の穴埋めをアナウンサーが告げる。以下、原文ママさんである。

 〈本日、午後2頃、成人式の会場で乱射事件が発生しました。当日、会場に集まった参加者のなかから突然の怒号が聞こえ、あたりが騒然となったあたりで、爆竹のような音が会場各所の鳴り響き、壇上を男らが占拠した模様です。現在、男は興奮気味に手製の重機らしい乗り物でパフォーマンスを実演、会場の感性とともに爆上がりです。〉

  ジージージー
  ジージージー
  ジージージー
  ジージージー

 〈続報が入りました。速報でお伝えします。続報です。成人式を占拠した男が警官隊によって緊急確保されました。男のなまえは自称・成人式で、自称・成人式とのことです。犯行の動機として「おれがゆくべき成人式はどの成人式だったのかわからなかった」、「おれは20年まえの成人式を取り戻すために、成人式に魂を献上した。一体化したうえで成人式した。文句あるの?」とのこと。男は今年40になるとの情報もあがっており、県警本部では男を成人式犯として確保、現在成人式罪に問えるのか、鑑定留置の可能性も含め、取り調べがつづいております〉だとよ。滝田は胸から血を流して斃れてる。相棒のギター弾き、野崎榮なら、とっくにじぶんの血をぬぐって弾痕を縫ってる。台所で立ったまんま、てめえの血だまりのなかのてめえと睨めっこだ。やつら帰って来てからどうにもおかしい。死んだって話もあった。でも、おれたちはいつも通りだった。やがて滝田も起き上がって野崎に縫ってもらってた。
   おい、榮ぃ。
    なんだよ?
   まさか死んでないよな、おまえら。
    なんだよ、知ってるんだろ?
   え?
    おれたちが死んだって。
   え?
    『スイス・アーミー・マン』。
   え?
    おまえ、あの映画観てないだろ?
   え? 
    ケッサクだよ、まったく。
   え?
    ずっと「え?」じゃねえよ、疑問符人かおめえは。
   かもな。
    え?
 おれは考えるのもやめた。きょうは成人の日。──おれはいかなかった。高校は三田、小中は西宮、棲んでるのは神戸だから。でも、そんなときに素直になってればっておもう。最近ずっと消えてた感情が甦る。でも、まるで夢のようだった。やっぱ20年はデカいし、若い頃にglassでもキメとけばよかった。逮捕されても好い。反省なんかきっとしない。おれはネット詩壇に最後の投稿をやらかした。でかいガスの一発のはずだった。実作をやりながら他人の作品の批評なんかできないということにおれはようやく気がついた。詩を書くか、批評するか、二者択一だ。寺山修司が「歌別れ」以降に歌論や討論をしたように、おれは「詩別れ」を為してから、詩論や、詩にまつわる与太話をやるべきだった。注目欲しさに莫迦なこと書きまくった。詩は人生であって、おれはその埒外にいた。もはやネット詩の世界では鼻つまみ者でしかない。ローガイってやつだ。lawguyのまちがいかな。

  ジージージー
  ジージージー
  ジージージー
  ジージージー

 野崎も滝田もおれに酒を呑ませまいとしてる。おれがどうしようもないのもわかる。午餉の支度。つくづくおもう、家事について知る必要があると。せっかくの図書館を利用して、生活に情報を得る必要がある。もちろんネットもだ。ずっと凡事にかまけてる。これじゃあ、意味がない。ジャンクフードを延々と貪ってるようなものだ。おれは読みかけだったスレッドを読んだ。むかし詩の投稿掲示板でボスだった借金玉ってやつが、裁判で勝ったとかなんか。賠償請求¥20,000,000のうち、¥90,000の判決で勝訴だとよ。作品もうまくない、批評もうまくない、しかし声のでかいやつだった。そのうえ大学教育ではじめて詩に興味を持ったなどという。──そんな莫迦な話はない。本物だったら精通以前になにか残してる。大学を否定してるわけじゃない。実作者になるには遅すぎただけだ。まあ、やつは論外として、高等教育を受けた人間の役割は発掘と研究、批評と再評価だ。無名に名を与えること、価値のなかったものに価値を見いだすこと、あるいは価値があるとされてきたものを否定することだ。あと再定義のリサイクル・ショップ経営でも、社会学という虚業でもなんでもやればいい。
 藝術のMuseと心中できるやつだけが実作者になれるんだ。学位で逆上せて、キャリアポルノ本を書いて、手帳もないのに発達障碍者を詐称するのはやめたほうがいい。おれは2級もってる。あんたが主役になりたいのは痛いほどわかるけど、あんたには無理だ。あまりにも我が強すぎる。それにコントロールを見失ってる。おれにだって無理だ。なにもかもをコントロールし過ぎてる。あんたが自身の痕跡だけを消して逃げたこと、つまりはすべてを検証不能に陥れた所業。匿名、変名でおれを攻撃したこと、そんなことはもうどうだっていい。ただ肉体を生きたことのないおまえの底浅い詩学、永遠に交換可能なくそペンネームを見つめ直せ──おっと!!──いけないいけない。ずいぶんとはしたないことを書いてしまった。だが、いい加減ひとに非難されるのをじぶんへの差別と宣うのは見苦しいぜ。
   おい、滝田ぁ。
    酒はやめとけ。
   ちがう。
    なに?
   ちょっと喰わせろよ。
    もうない。
   なんだよ、それ。
    ここなら安全だから喰った。
   胃にキタか?
    もうキテるって・・・・・・。
 立ち上がった野崎がいった、「あとはきみにまかせた」って。ドアが開いて、ドアが閉じて、足音がして、消えてった。滝田は恍惚そのものの顔で、おれのベッドに横たわる。大麻は、──とおれはおもう。合法になってからでいいと。アールグレイを淹れて、薄荷飴を嘗める。このことのほかに重要なものなんか、まったくないようにおもいながら夜までの坂を下り、下り、下って、やがて不明者のたどり着く、最後の拠り所ってやつを見つけだすための旅路を計画、夢想し、わが500行の詩篇とともにして、チキンの小さな滓を囓った。おれは疲れてしまった。ずっと眠ってない。睡眠障碍と過集中、じぶんを追い込んでしまう性格。父から授かった暴力性の塊り。だれかがいってた。──〈わたしたちは社会学者のバカがいう、機能不全家族なの〉と。これはいったい、だれの辞だろうか、教えてよ。

   ★

 新成人、おめでとう。
 おれを見つめないでくれ。

 


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