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中田満帆 / a missing person's press による活動報告

チャールズ・ブコウスキー「勝手に生きろ!」1975年

チャールズ・ブコウスキー「勝手に生きろ!」河出文庫
Charles bukowski "factotum" Black Sparrow Press 1975

 

勝手に生きろ! (河出文庫)

勝手に生きろ! (河出文庫)

  • 作者: チャールズブコウスキー,Charles Bukowski,都甲幸治
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2007/07/01
  • メディア: 文庫
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Factotum

Factotum

 

 


 おれがニューオリンズに着いたのは雨のなか、朝の五時だった。


 ホーボーというのか、流れものや渡りものの世界に必要なのは世界の広大さ、酷しさといったところか。おれ自身は大した放浪もしてない。せいぜい東京、静岡、愛知、滋賀、和歌山、大阪、そして兵庫県内をさまよっただけで、それも短いあいだのうちに終わってる。たやすく海を見ることができるこの国のなか、身を切り刻むみたいな移動や距離への執着をまとうのは、むずかしい。地理や物理的距離よりも心的なものが勝ってしまう。それがいいとか、わるいとかでなく。
 ロードムービーが好きだ。ヴェンダースにしてもジャームッシュにしても道の嶮しさや状況のわるさを、居心地のわるさを的確に捉えてる。あるいはハートリーの「はなしかわって」も移動する範囲はごくごくささやかでも、その最小限のなかで描かれるものが好きだ。

 ブコウスキーはいろんな人間が訳してて、いまは中川五郎がメインのようだ。おれは都甲幸治の訳文が好みだ。この物語は日米開戦以降から終戦直後あたりを描いてる。真珠湾攻撃のあと大学を中退し、徴兵も免除されたヘンリー・チナスキーは、さまざまな仕事に就き、アメリカ国内を移動しつづける。雑誌の発送作業、植字工の補助、線路工夫(短篇「愛せなければ通過せよ」にも描かれてる)、自動車部品の卸売店、地下鉄の広告貼り、犬のビスケット工場、婦人服の発送係、自転車の倉庫、自動車部品の問屋、マイアミの洋服屋、蛍光灯取付器具会社の発送係、新聞社の清掃人、ブレーキ部品の会社、画材屋の発送係、クリスマス用品の倉庫番、蛍光灯取付器具会社、ナショナル・ベーカリー・グッズ、サンズ・ホテルの荷降ろし。主な挿話として父との確執や、女との交わり──ローラとジャン、金持ちのウィルバー・オックスナード、競馬、作家への夢と野心が描かれる。そして端々に中産階級の労働倫理や精神的服従を強いる組織や集団への嫌悪が滲む。
 けっきょく人間は時間に敗北し、男は女に敗北する。賃労働によってなにかに打ち勝つということはなく、愛情の主導権を男が握ることは不可能なのだ。仕事にあぶれ、金を喪ったチナスキーは、あれほどじぶんにくっついてたジャンにも棄てられ、室を追われる。そして有り金をストリップに突っ込む。

  ’05年、ベント・ハーメルが監督した映画「酔いどれ詩人になるまえに」では時代は現代へ、場所は曖昧に描かれてる。決定的かつ根本的なちがいは、終盤でジャンに棄てられるのではなく、チナスキーがジャンに別れを切りだすところだ。DVD(廃盤)には未公開シーンが収録されてて、それを補完したディレクターズ版を期待させる。

 音楽はクリスティン・アスビョルンセン。OSTには劇中未使用が入ってる。おれの一押しはブコウスキーの詩「roll the dice」を基にした「If You're Going To Try」だ。DVDに比べれば入手はむずかしくはないだろうとおもう。ただ惜しむらしくはストリップ店内で流れてた音楽が入ってない。

 

           
Factotum OST Kristin Asbjornsen - 18. If You're Going To Try

 

 河出文庫での訳者解説では、クヌート・ハムスン「飢え」やジョン・ファンテ「塵に訊け!」が引き合いにだされてた。作者本人はイギリスの出版社からのインタビューに以下のように発言してる。

──今はどんな仕事をしてるの?
ブコウスキー 長篇の再構成。今度短篇集が出るんだが、書いてるうちに長篇とダブっちまったんで、ダブった章を取っ払った上でくっつけて、元通りにする作業をしてる。題はラテン語で『ファクトータム』と付けた。何でも屋、複数の仕事に就く人という意味だ。これまで経験したいろんな職業に就いて書いた。(中略)『パリ・ロンドン放浪記』が種本と言えるね。(以上、「ユリイカ 増頁特集 ブコウスキー」より「競馬代稼ぎ」インタビューより)

 

わかい時代を描いた詩篇を求めるなら次の2冊がいい。

 

Burning in Water, Drowning in Flame: Selected Poems 1955-1973

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The Days Run Away Like Wild Horses

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