みずから書き、みずから滅ぶってこと。

中田満帆 / a missing person's press による活動報告

雛菊

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 ぼくはしばらく廚に立って冷蔵庫に鯖があるのを期待した
 夏の午后おそくぼくは帰ってきてそれを望んだんだ
 でもそれは叶わなくなった
 夕暮れの使いが
 ぼくを閉め出したから
 だからなんだって
 ってきみがいう
 かつて母が父を扱き下ろしたみたいに
 いまだに鳴ってる固定電話
 不在着信は届かない
 ぼくがだれであろうとかまわないみたいにして
 かさなって、そして離れる
 滝のほうにむかって、
 猪が河を昇る
 とにもかくにも大きな潮がぼくのなかを通過する
 きみのなかに大きな鮭のまぼろしが写る
 いつだったか、ぼくはいった、
 きみはもういないと
 スタンドウェイの役者に見せて
 すべてが透きとおって見える
 雨が降る
 アメリカと名づけられた雨が
 降る
 祈りはない
 昏い室のなかで
 まだ露出されてない部分が
 ふくれあがって、
 そしてなにもかもが見えなくなる夜ふけ、
 ぼくはきみの廚に立って、
 冷蔵庫をたしかめる
 なにもない、
 そして雛菊みたいな匂いがずっとしてる。

ユイコ、あるいは秋の歌

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すべては見せかけだろうか崩落する宵待草反転する花と美人画



きみへの道すがら死んでしまったものたちを弔いたいけど茶器がない



おれが死に銀河の西へゆくと聞き腹を立ててる母のまぼろし



月の夜のゴンドラゆれるまだわずか魂しいらしいものを見つけて



うつし世にもはやこがれるひともなく黒帽子の埃を払う



寂しさは茎のふくらみ触るるもの近づくものみなどこか拒みて



感傷にふけるわけでもないけれどわたしは過古をアカシアと呼ぶ



たなそこにわれはまさぐる茎たれか泣かしてみたくなればふくらむ

  

たわむれに古帽を叩きつけてはかりそめの野性を謳う男歌かな



だれもない待合室で草臥れて猶ひと恋し鰥夫の失意



わが知らぬ土地にてゆかこ老いたれる夜汽車みたいなひとの生かな



秋風やひとより遅く学ぶゆえわれひとりのみ労役となりぬ



少しでも幸せであればいいのだと水切りをするぼくらの時間



外套のボタン喪う日も暮れるいったいぼくがなにをしたんだ 



砂糖菓子降る町ありや陸橋を過ぐときにふと考えている



干割れたる道の果てに蟻歩く北半球の地図を抱えて



生田川上流に秋を読みただ雨を聴く水に宿れる永久ということ



まだ生きる蚊の一匹がわれを追いふと恥ずかしい秋そのものが



なにをしてゐるのかぼくの隠しより少し分けやふきみに孤立を

 

ひとひらの地図もつ彼女らの明日をぼくはやぶいて通りすぐのみ



閉じられてゆくつかのまの改札をぬける魂しいあれはだれかな



喪失の都市に奪われゆきひとりルンペンとなるはたちのわれ



吹かれつつ地下のくらがりさ迷いて拳闘士のような男われ視る



発車音警笛排気まぎれつつ見るべきものを見ているひとり



よそものの視界のなかをゆき交えば角まがるたびちがつている顔



真夜中はどろぼうたちの靴おとにこころ癒して路上へ眠れ



人がたのように少女をさらいゆく群れの一味に声でぬわれは



善良なライオンなれば翅生やし善良な詩人なれば腐れてゆくのみ



回転式基督像の内部にてわずかに生きる蛆のきらめき



はぐれながら歩むということ一輪の花の高さを飛び越える度



長き夢もらせんの果てに終わりたる階段ひとつ遅れあがれば



かのひとのうちなる野火に焼かれたき手紙のあまた夜へ棄て来て



3階の窓より小雨眺めつつ世界にひとり尿まりており



妹らの責めるまなじり背けつつわれは示さん花の不在を



ぼくという一人称をきらうゆえ伐られし枇杷とともに倒れて



ひとひとり殺して帰えるひともなくふかき斜面に家は明るむ



ことばもてわかつものなき家なぞも急坂のうえきょうも明るく



古電球踏みつけて妬心去るのを待つもういいだろうさらばさらばだ



かみそりの匂いにひとり紛れんと午后訪れぬ床屋の光り



くやしさを飼い殺すなり灯火のもっとも昏いところみあぐる



やまぶきの光りのなかをしとやかなけもののようなきみの黒髪



睦むとききみが乳房や黒髪に寝息を発てるぼくという他者(〈ひと〉)



蟹歩く月面見んと背伸びして季節外れの風鈴をわる


 
ひるがえる暗闇坂のももんがよ霧のなかにて変化されたし



拾われて手帖の頁繰ればただかすみかすかなインキで──「絶つ」 



手をまるめ照準鏡に見たててはみえないままのかわらけを撃つ



過古という国よたそがれ密航し少年のまま老いは来たりぬ



もはやかつてのことなどどうだっていい北半球へと歩きつづける 



やがて産まるるわが児のために古き老木いっぽんを盗む


 
遠きわが古びた家よトーチカのごとくに滅びつつある夕べ



わが妻となりしのちにて立ちあがるきみのうちなる屠場の灯りは



また帰途を見失えりただひとりゆくなら黄葉の化身とともにして



すっぱりときれいな地獄ひとり抜け開け放ちたい天国の、古便所



それはふかいまなざしをしてぼくをみているいっぴきの猫のようなひとのようなの



ゆうぐれは烈しいまなこおもざしをゆさぶるだれもいないぶらんこ



見失われた子供のかげに匂いたつ蝶のかばねの青い悔しさ



みどりいろ義眼の犬のねむるうちのびていくのか裏階段よ



解かれるサーカステント夜のうち飛びたつために裾をひらめく



立っていることのほかにやり場なく赤い雀のくちばしを待つ



鳥籠にセルロイドの鳥を飼うかつてのぼくを取りもどすため



煙突のけむりのうえを遊んでる月いっぴきの青い晩秋



波果つるつかのま凪のなかに存り灯台守の飛べる音聴く



きみのいない夜ふけの廚にて麺麭を焼く竈の熾きのなかのまぼろし



日本語の孤愁へひとり残されて犀星の詩を口遊むのみ



唾するわがふるさとの地平にて溶接棒の光りは眩し



たかみより種子蒔くひとよ地平にてあわれみなきものすべて滅びよ



あらぶれるもののふりして聴くジャズはからかわれてる、冷めた扉に



空腹の長い午后にて牛脂嘗め、きずぐちのない傷みを癒す



蹴りあげて砕けちらばる空壜のうえを浮かべる月のあまたは



ひとの世を去ることついにできずただ口吟めるのはただの麦畑



おお夕餉小皿すれあう音もなくわれはひとりの夜を済ませて



すれちがふことのすきまをとほりぬけまひるをわかつ郵便人夫



冬用のジャケットぼくは持たないから恥ずかしく秋にとどまるつもり



砂の目をしながら歩むさまよいにわれまた砂のようにまぎれて



空一枚空腹ゆえに切り落としテレビ画面の孤児ら喰う



たが母も血より淋しきもの通いかつてからすのからかいに泣く



黙するは一語の和解なきままに朽ちて腐るるわが家の窓だ



心臓のような柘榴の実を囓り幼きときのみずからを抱く



語られることもなかりき物語の標本となるぼくの余生は



枯れし河測量人の跫音を石が呑みまた朝靄が呑む



未明にてわたしのなかを通過する貨物のなかのかれの愚かさ



冬瓜のあばらに雨の垂れるままわたしなるものわずかに忘る



星月夜きみの夢へと訪れていつまでもただ手をふってたい


 
眼帯のむこうにかれの未完ありまた未成熟ありまた秋風もある 

      

両の手をひろげてひとり擬態する秋に染まるる地平線あり



ちいさな町のなかでカメラを構えてはあたらしきものすべて妬まん


 
午后の陽のなかで妬心はふくれたるたとえばかつてのゆうじんの家


 
男たちと歩くかの女に焦がれては両切り莨ひとり咥える


 
砕かれて猶土に還れず散らばるる浴室のタイルの水色を視る



赤インゲンの罐づめひとつ転がして休日の陽の明きを憾む




夜が降る9月は遊ぶひとりのみ遊具を跨ぐとうめいな秋



殺意さえおもいでならん河下の鉄砲岩に拳を当てる



フェンスにて眠るものありカメラ持つわれに気づいて走る野禽は



空腹と孤立の抱く茨しかぼくにはないという現象学



旅に病める芭蕉のあまた秋霖はかつてのわれを連れ去り給う

 


駈けていく女の子たち秋の日の選挙ポスターいちまいやぶる

 

 

 

ぞく・無料詩集「piss out」について

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 おれの詩に魅力があるのか、そいつはわからない。どっかのサイトで「オーセンティックな古い書き手」だといわれ、「書き手に魅力を感じないから詩にも魅力を感じない」などといわれてから数年余り、なんとかこうしてやっているわけだ。だれがいったい、なにを読み取っているのか、どこに好感を感じるのか、まったくわからない。だれか教授してくれ。おもてだっておれの詩を云々する人間が、まさに皆無だからである。べつにコワモテを気どった憶えはない。ただ酒に酔って暴言を吐いていた期間が、数年まえにあったことはたしかだし、留置場にも経験があるってだけだ。わるくおもわないで欲しい。きみらのお子さんが将来そんな体験をするとはいっていない。子供をつくるべきではないといってるのだ。だって人類は滅亡すべきなのだから。おれの気分はシオランどころではない。いったい、どうしてまいなーのなかのマイナーで人生を過ごさねばならないのか。このまま伴侶もなく、生きていかねばならないのか。おれはアルコールを呑む、それが家計を圧迫する。たかが安酒のために連続飲酒だ。笑えないことである。きみはなぜおれのブログを読むのか、それを400字詰原稿用紙3枚で提出して欲しい気分だ。さて、おれはいったいだれなのか?

 きょうは休日。颱風のためにきょうは社員だけの出社。期間限定アルバイトのおれには関係ない。浅川マキのセカンドを聴きながら、鈴木さえ子「ノーライフ・キング」を聴きながら、こいつを書いてる。きょうは自作曲のリメイクをやってる。「だれもない待合室」と「1984年のピープ・ショウ」だ。いずれデモをアップしよう。

 

「だれもない待合室」

待ち望んだものはみな 遠く遠ざかりばかり
だれもない待合室 みずから閉じこもった

いつからかみずからが醜くなるばかり
かの人のおもかげがどこから忍び寄る

どうしてここにいる なにもない待合室
閉じられた窓を見て 一人遊びを憶えた

 いつか見た夢は いつから手をはなれ
 匂う澱のなか ひとり待っている
 だれもいないのに
 だれもいないのに
 いまだ


ぬばたまの夜のなか 線路が延びていく
いつからかのひとの おもかげも消え去った

きみのない世界では ないもかも早すぎる
急行に乗っかって 連れ去っていくばかり

過古を過古とはいえない さみしさを連れてきて
かつておもいえがいた きみのすべてを投げる


 オゲンキデスカのひとことだけでも

 いえないのですか たったそれだけも

 ゴキゲンイカガのひとことだけでも

 いえないのですか たったそれだけも

 すべてが消えて見なくなるまで

 すべてに厭いて茫漠とするまで

 立っている 立っている 立っている

 

1984年のピープ・ショウ」


 あたらしい車で ひなびた町ゆく
 かの女の足跡 ひろって走った


  手をふるひとはなく 灯しが眩しい

  じぶんのなまえすら忘れてしまいたい


 かつてのいまごろは 戯れ暮らしていた

 いまはもうわからない かの女は消えていた


 ふたりで通った 店はもうなかった

 ぼくは赦されない

 きみはもうここにいない


  呼び声すらなく 返事も聞こえない

  過古から未来へと触れるのが 恐ろしい 


 ようやく見つけた窓越しのかの女を

 つたないことばで すべてを語った


 あたらしい車で ひとりの道をいく

 モーテルの燈しがしずかにゆれている

 

 どちらも'14年につくった歌だ。ひどいものだ。なかなかコードをおもだすのに骨が折れる。あしたは仕事。それまえのたわむれってわけだ。たわむれついでにおれの自撰詩集「piss out」のサンプルができあがった。所持金が¥300しかなかったとしても悦んで欲しい。 

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 歌集の出版後にこれを配布する。どうか、受け取ってくれ。おれは横軸の繋がりが欲しいんだ。できるなら同世代の詩人に読んで欲しい。そうおもって発送する。リトルマガジン、地方詩誌、個人詩誌に。

 

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pss outのご注文はこちら

どこでも出版ボタン 販売ページ / 製本直送.com | 1冊から注文OK。安さと高品質のオンデマンド印刷

※なお製本・印刷・送料代は注文者の負担になります。実際に詩誌などへ送られるものとはちがい、無線綴じ・紙も上質です。

シティライツ、あるいは夏の歌

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くちを噤む──きみのためにできるのはそれだけと識るこの夏祭



桶の水零れてかれは帰らない水面に熟れる桃へ夜来て



ともすれば腿も危ういスカートの妹の肩に飛蝗あをあを




列車には男の匂い充ちたれて雨季も来たれり新神戸の町



ここにいて心地よければ祝福となすがよろしいと夏の祖父母は



晩夏訪れてたったいま淹れる珈琲の湯気に消ゆるすべての死者は




ぬばたまの夜をレールが展びゆきてしずかに充たすわが青年期



小雨降る道路改修工事にて少女誘拐われは聞くのみ 



青林檎焼きながらふとおもえり遠き姉妹の婚姻なぞを




たくさんの傘の行進見おろせば濡れるまま立つ歩道橋にて



「くちびるの厚ければ情も篤し」老ゲイ・ボーイのまなざしやさし



降られつつレインコートを展げれば羽根に見立てて落ちてゆくわれ




だからなんだ、桃のような月のかげに口腔の血がうずくまま



黙ったまま他者にまみれて検品のアボガドの色どれもすずしい



みながみな幸福だった験しなくきょうまた猪色の列車にゆらる




だんだんとスピードを増し9階の階段裏で消える潮騒



ソーダ水の壜の雫に過ぎゆきし少年の日の汗をおもいぬ


 
暗殺の夜々ひとり待っているおまえが来るという手なぐさみ




どうかまたあのうそを吐いてくださいと告げるきみに取り憑かれ



たとえば草のように花のようにゆれてみたい傘ならきみが持てばいいから 



時が鐘を鳴らす教会の尖塔に鳥がとまり雲はるか港を流れる




ひざかりに点々とする血のしずくだれにも繋がれないということ



花かすみ病かすみのなかでいま身をひらかれるひまわりの種



もう起きあがることもできません・えいえんを着た馬が視ている




水中めがねなくしちゃったよぼくはもう男の子にはなれないかもね



星にさえ追い放たれて観望の子供のひとりおれを笑った



かれのみの秘密を欲しほる穴に埋めるものなし森は明けゆく




なにものも欲せず夏を一過する貨物列車に身を委ねたき



あじさいがゆれるゆれるまたゆれてやさしさなどをあざけりゆれる



海という一語のために汲まれてはあわれしづかなる六月の桶




朝どきにれもんの一果撫づゆびのあいだ零れる無名の息づき



つぐなえることもなきまま生ることを恥ぢ草色の列へ赴く



神に似し虹鱒捌くはらわたに出産以前のかがやきばかり




うちなる野を駈けて帰らん夏の陽に照らされしただ恋しいものら



素裸のれいなおもいし少年のわれは両手に布ひるがえし



水鉄砲撃ちつくしたり裏庭を駈けて帰らぬ幼年の業




ドラムセットくずれつつあり客席の少女のひとり高くジャンプす



翻るワンピースや物干しの彼方に失せる数千のきみ



ひとのなき青森県の三沢にてふと雨さえも言語足り得んや




ほどかれた靴紐みたく細長の柩のなかに収める両の手



ひとがみなかげを残して去っていく気づけばいまは人工降雨実験なり



叢雨の降るはせつなよ燃えあがる模型飛行機路上に融け




踏む水のおもに浮かべる月だれか愛しいものをぼくにわけなさい



取り残されてまだここにいるという意味を笑うみたいに通り雨過ぎる



告げるには遅いおもいのなかで拭うもの・たとえば薄い胸板の汗




成長を遠ざけながら歩く牛挫折したいと駄々をこねてる



雨降れる一日は部屋の暗がりにがらすのコップのみが美し



けものすらやさしい夜よみずからを苛みながらも果実は青く




まだ解けぬ方程式も夕暮れてきみのなまえのなかに眠れる



曇天に滲む光りの粒遙か浸透しているきみのまなこに



かりそめの顔なやバナナ・ケース積むわれはだれやとおもういちじつ




つぐないは五月のみどりたずさえて夜の戸口へおいていくこと



舞子というかの女のことをおもいつつ舞子浜にて傘を展げる



たそがれの国の海にておもうこと──なみだという辞、どう表記する?




こんばんは好きな選手はだれですか夜の林を過ぎるあなたよ



指切りのつもりもあらずちぎりという一語のなかに解かれる夕べ



ひとがまたぼくに質問するなぜか答えたくないポーの表紙絵

 


日本語の律いっせいに狂いたる夏の匂いの向日葵畑



らしさなどなくてただひとりの男として草地のぎりぎりに立つ



春ちかきわが棟をわが梁を夢の空き地に建てる夢見る



くずれつつ街区取り残され海のふたたび満ちるを聴く



さかあがる星月淋しむくいとは幼きうちに死を悟ること



漁火をたったひとりの友と云い海路の果ての幸福求む



彎曲する水・沈黙する水・したたかにひとを攫って閉じ込める水



廚にて桃が腐れてゆく真昼べとついた手で故事を筆写す



どうやってきみが帰って来るのかを古語辞典のなかに見つける



おまえらの声など聴かない容赦なく毀してやろう濡れ縁を



呼び声がする・遠い森のむこうから、なずきのなかをくすぐるだれか



子供抱きながら傘を差す一瞬のひらめきに口をあける子よ



駈けてゆく足あざやかに光り充ち水あかり発つびしょ濡れアリスちゃん



みずたまりのむこうからうつむいて歩いて来るはさなえの亡霊



夏の匂いするがらす戸のむこうへ歩く歩く水のかたまり



けぶれるような胸持つ男青春というものをあらかじめ失いたり



精通ののちなる恋よはぢらいは晩生という駅に連れ去るる



なにもかも交換できてしまうからせめてあなたをうたぐっていたい




波打ってくずれるひとよ鶏肉のような色して死んでしまえよ



かのひとの苦膚の棘みたく存りたいと願うも夢は終わり



しめさばのすっぱい真冬くりかえす正午に於けるぼくの対処は  




ひとしれず放下の果てを死ぬべきと黄色くなったセロリの葉っぱ



麦畑のうちなる誘い墓場にて見知らぬ友のふたつの乳房あるのみ



恋いというもののいかがわしさばかりはるか弥生の光りに滅びつつあり




どういうこともなかれど声を断つ回転木馬の馬たち


 
天下原のきぬずれひとつまたひとつ水となり顔を打つ未明まで



鴎らの問いを静かに聴きながら波の答えに飛び込む隣人



ひとつでもいいからとすがりつく火ぶくれた指の愛もある



やめてくれ──ぼくを慰めようとしてゆうこ求めるなづきの襞よ



黒死病患者のごとく嘴をかぜにさからいあげるからすは




魚影のしろきひざかりに波はみなまるで飴細工



ずぶぬれていこうか犬の心臓のような港湾都市を求めて



水吃る排水の管ねじれ死に聞こえる地下のうたごえ




かならずやむかえにいくと告げしままいくども暮れる犬の地平



夜の鱈捌かれながらいまいちど漁り火に乾いたまなこ見ひらく



いたずらにさみしいともいえず熟れる芽のなかにそっと手をやる




小さな花きいろい花が咲きましたら惜しみなく千切れ惜しみなく奪え



繋留船よりコンテナ降ろされるぼくのうちがわを嘗めるように



暗がりにもういちど入りたくおもうのは銀塩写真のせいか




ときとてときのなかのたくらみにあらがえないのがかわいい



愛すらも懐かしむのみつかのまの人生という盤面の疵



それでなおかの女はぼくを赦さない花の一輪剪って葬る



忘れられたひとびとたちとゆっくり同化する銅貨みたいな鈍い輝き



懐いだせずにいるなぜ懐いだそいうとするのかもわからない



前科者ロックンローラー人夫だし検品係あしたの愁い



申楽のかたちを借りてきみの語る大きな夏の崩落のとき



夜を流れる雲の赴くところまでまわりつづけて観覧車現る



耳を閉じる──ぼくのためにできるのはこれだけとおもう舟あかり

食肉に関するレポート

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手負い

 

 それがうかつだったのかも知れない
 穴熊は罠から逃げようとする一瞬だった
 かれは銃を持って威嚇した
 鳴き声がした
 それが祈っていたし、
 呪ってもいた
 畑のなかで
 かれが想像したのはすき焼きにされる穴熊の映像だった
 かれはいつもじぶんがタフであるかを示した
 ぼくはそんなことなんか、
 これっぽちも望んじゃないのに
 深夜のJRA育成場から、
 発送受付の入り口までずっと、
 かれは捲したてていた
 なんという退屈、
 それからあこがれというやつがずっとぼくの頭を熱くしたっけ
 かれは穴熊の眼を見た
 怯えきったそれ、
 そしてそのなかにあるけものの記憶や、
 いま生きているということを
 かれは罠を解いたという
 ぼくは訊いた
 どうしてそのいっぴきだけを助けたんだって、
 やつは停留所いちかくのモーテル、
 そのいかがわしい灯りを見ながら微笑んだ
 ──だってその日はすき焼きの気分じゃなかったのさ
 うそをいうな、とぼくはおもった
 かれがもはやタフいられる、
 無骨でいられるのはもう終わりだ
 ぼくは車を降りる、
 そしてそのとき、
 やつの持っている兎の前足を
 やつのおもづらに投げた
 ぼくは帰って
 穴熊
 すき焼きにされるまでをじっくり鑑賞てから、
 コンビニエンス・ストアで、
 鳥胸肉のローストと、
 ビールを買った
 ともかく、
 かれとの関係も終わった
 ただじゃぼくは逃がさない
 ビールを呑み終えてから、ぼくは仕掛けた罠で、
 自身を捕らえられてしまったけど


中央市場前


 汗にまみれて列車に乗ってた
 扉に立つ男の背中でうつくしい女が泳いでる
 ふかい海のうえをさも愉しそうに泳いでる
 たぶんかの女は夜のカクテルパーティーのことで頭がいっぱいなんだ
 演奏に来る音楽家の人選、なにものもゆるがすことない饗宴
 といってもぼくは帰って汗を流すだけだし、
 そうすればもう映画でもひとりきりで観るしかない人種だ
 かの女はなにも着ていないみたいに見える
 いったい、水着はどこなんだ?
 そうおもった、
 ただなにかがおかしい
 かの女はあまりにも深い海を泳いでる、
 そしてかの女を待っていたかのように水面下を鮫が、
 巨大すぎる鮫が迫っているんだ
 危ない!
 そうおもうすきもなく男は降りた
 残された海面を波がうねり、洗ってる
 とり残された悲鳴はいったいだれのものなのか
 ぼくか?
 それともあの男か、
 ちがう乗客か
 なにもわからない、
 他人の狂暴に興奮するくせに、
 いやだからこそ血や争いがきらいだ
 どうやらすべては映画だったらしい
 列車という投影機が見せたまぼろしのなかですべては赦される
 だれとも共有するものを持たず、
 またひときりの世界へ帰っていくぼくをかの女は見つけたか?
 やがてなにもかもが、ただの血と肉に解体されてるなかで、
 ぼくはまたしても、アルコールが忘れられない

 早く駅に着いてくれ

 

ジビエ 解体・調理の教科書 安全に、美味しく食べるための

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