みずから書き、みずから滅ぶってこと。

中田満帆 / a missing person's press による活動報告

食肉に関するレポート

f:id:mitzho84:20190814200605j:plain


手負い

 

 それがうかつだったのかも知れない
 穴熊は罠から逃げようとする一瞬だった
 かれは銃を持って威嚇した
 鳴き声がした
 それが祈っていたし、
 呪ってもいた
 畑のなかで
 かれが想像したのはすき焼きにされる穴熊の映像だった
 かれはいつもじぶんがタフであるかを示した
 ぼくはそんなことなんか、
 これっぽちも望んじゃないのに
 深夜のJRA育成場から、
 発送受付の入り口までずっと、
 かれは捲したてていた
 なんという退屈、
 それからあこがれというやつがずっとぼくの頭を熱くしたっけ
 かれは穴熊の眼を見た
 怯えきったそれ、
 そしてそのなかにあるけものの記憶や、
 いま生きているということを
 かれは罠を解いたという
 ぼくは訊いた
 どうしてそのいっぴきだけを助けたんだって、
 やつは停留所いちかくのモーテル、
 そのいかがわしい灯りを見ながら微笑んだ
 ──だってその日はすき焼きの気分じゃなかったのさ
 うそをいうな、とぼくはおもった
 かれがもはやタフいられる、
 無骨でいられるのはもう終わりだ
 ぼくは車を降りる、
 そしてそのとき、
 やつの持っている兎の前足を
 やつのおもづらに投げた
 ぼくは帰って
 穴熊
 すき焼きにされるまでをじっくり鑑賞てから、
 コンビニエンス・ストアで、
 鳥胸肉のローストと、
 ビールを買った
 ともかく、
 かれとの関係も終わった
 ただじゃぼくは逃がさない
 ビールを呑み終えてから、ぼくは仕掛けた罠で、
 自身を捕らえられてしまったけど


中央市場前


 汗にまみれて列車に乗ってた
 扉に立つ男の背中でうつくしい女が泳いでる
 ふかい海のうえをさも愉しそうに泳いでる
 たぶんかの女は夜のカクテルパーティーのことで頭がいっぱいなんだ
 演奏に来る音楽家の人選、なにものもゆるがすことない饗宴
 といってもぼくは帰って汗を流すだけだし、
 そうすればもう映画でもひとりきりで観るしかない人種だ
 かの女はなにも着ていないみたいに見える
 いったい、水着はどこなんだ?
 そうおもった、
 ただなにかがおかしい
 かの女はあまりにも深い海を泳いでる、
 そしてかの女を待っていたかのように水面下を鮫が、
 巨大すぎる鮫が迫っているんだ
 危ない!
 そうおもうすきもなく男は降りた
 残された海面を波がうねり、洗ってる
 とり残された悲鳴はいったいだれのものなのか
 ぼくか?
 それともあの男か、
 ちがう乗客か
 なにもわからない、
 他人の狂暴に興奮するくせに、
 いやだからこそ血や争いがきらいだ
 どうやらすべては映画だったらしい
 列車という投影機が見せたまぼろしのなかですべては赦される
 だれとも共有するものを持たず、
 またひときりの世界へ帰っていくぼくをかの女は見つけたか?
 やがてなにもかもが、ただの血と肉に解体されてるなかで、
 ぼくはまたしても、アルコールが忘れられない

 早く駅に着いてくれ

 

ジビエ 解体・調理の教科書 安全に、美味しく食べるための

ジビエ 解体・調理の教科書 安全に、美味しく食べるための