みずから書き、みずから滅ぶってこと。

中田満帆 / a missing person's press による活動報告

まくらことば

 

   *


 あからひく皮膚の乾きよ寂滅の夜が明くのを待つ五月


 茜差すきみのおもざし見蕩れてはいずれわかれの兆しも見ゆる


 秋津島やまとの国の没落をしずかに嗤う求人広告


 朝霜の消るさま見つむきみがまだ大人になり切れない時分


 葦田鶴の啼く声ばかり密室にボールがひとりバウンドしてる


 あぢむらのから騒ぎかなひとびとが転落したり天国の淵


 みみずくのような一生反転する・ぼくが生きてゐるという仮定法


 天雲のたどきも知らず運命の一語に滅ぶ線路工夫よ


 あまごろも陽射しのなかを青々としてからっぽの袖口


 あまびこの音降るしぐれ天掟よいまわれのみを解き放て


 あをによし くにちの森を抜けて猶神の両手に捕まれてゐる


 いそのかみ 降る雨がまだ生きてゐる われの不在を示さんために


 うちなびく草が毛布のごとくありわれは眠れりみなしごのごと


 母にとり姉妹にとってわれはいま存在しないものとなりぬ


 うつせみに過ぎぬこの世も去りがたしただ見るわれはきのうのごとく


 うばたまの夢が波打つ岸辺にて流木ひとつ持ちて帰らん


 樫の実のひとつを拾う刹那には木漏れ日ばかりあるのみなのか


 葛の葉の憾み遙かな妹のわれを蔑むまなざしおもう


 高照らす日の皇子たちの蹴鞠歌わが世の秋をいよいよ閉じぬ


 玉かぎる仄かな灯り武装する都市計画のゆくえはいずこ


 垂乳根の母なるものを拒みつつわれはさまよう記憶のなかを


 乳の実の父よ虚勢の砦にて滅びるままにわれは見殺す


 まだ生きる蠅の一匹秋の夜の長々しきをあだねするまで 

 

   *

 

死はいずれ

 

   *

 
 かげを掘る 道はくれないおれたちはまだ見ぬ花の意味を憶える


 眠れ 眠れ 子供ら眠れ 日盛りに夏の予感を遠く見ている


 プラタナス愛の兆しに醒めながらわがゆく道に立つは春雨


 祖母の死よ 遠く眠れる骨壺にわが指紋見つかりき


 葡萄の実が爆発する夜 ふいにわが腿のうらにて蜘蛛が這うかな


 数え切れない亡霊とともにフランクル読みし夜


 翳る土地 窪みのなかに立ちながら長い真昼と呼吸を合わす


 中止せる労働争議 飯場には怒りのなかの諦めがある


 楽団が砂漠に来るよ町はもう瓦礫のように散らばっている


 供物なき墓を背中に去ってゆく少年たちの歌声ばかり


 オリーブの罐詰ひとつ残されてわれまたひとり孤立を癒す


 悪しき血がわれを流ると大父の言葉を以て出るかな 家を


 さらぬだにかぜのなかにて叫ばしむ 父なるものを憎しめとわれ


 瘤のある人参ならぶ店先にわれはたたずむ人参のごと


 地下鉄にゆられる少女ためいきがやがて河になり馬になる


 封鎖されし公園金網越しの出会いもなくやがて消えゆく雲井小公園


 右左口の写真のひとつ階段に眠れる坊や、やがて醒めゆく


 夜にまだ玉葱色の月が照るかなえのなかにわれ呼びかける


 岸辺にてきみがいるならわれはただ永久に語れり虚構の歌を


 みなしごのごとくおもうみずからを 親兄弟に絶縁されて


 真夜中の菜の花畑が帯電す 手を伸ばしてはいけないところ


 初夏の水いずれは枯るる花とてもいまはわたしを見つむるばかり


 やがて夏来るときわれは瑠璃色の西瓜のごとく糖蜜を抱く


 死んだものさえも愛しくなりぬ五月のみどり駈けぬけてゆき


 苦しまぎれのうそのようなひとびとの声に騙されて


 だまし絵のように子供が逆上がる雲のうえへと昇る階段


 脅かすきみの眸のなかに棲む小人のようなぼくの分身


 火の化身 あるいは鬼火 狐火とともに歩めり不眠症かな


 町の裏手で巨人が眠る ぼくが犯した罪のせいだな


 梨熟れる十五の歳のあやまちを仮面に変えて歩く夜なり


 大根の葉っぱを茹でる過去たちと和解せぬまま一生を得る


 沈む石 ものみなやがて忘れゆくわがためにあれ固茹で卵


 逆上する女の化身死神とともに手をとり冥府を渡る


 浴場もとっぷり暮れる五月の日われはひとりの刃を研ぎぬ


 散骨のような莇が咲き誇る冥府の午後の世界線かな


 燕子花ふるえるような輪郭を見せているわれにずっと


 聞えてましたか ぼくがいままで翅のように呼吸していたときのすべてが


 たとえれば閉鎖病棟 受話器もて叫びつづける女がいたり


 初夏のことばのかぎり愛を問う死を待つような静かな通り


 わが愛の告白なんぞ価値もなく根菜ばかり食卓にある


 心ばかりの花さえも剪られ一瞬のさむざむしさ


 花を剪る花を剪る花を剪るそう告げて行方知れずの男


 まだぼくら未完の果実河岸に魚が跳ねる嘲りながら


 死はいずれ赦しとなるか森番の扉ひとつ開け放つのみ 

 
   *

 

ヘンリー・ミラー全集の夜


    *


 狩り人のうちなる羊番をする少年の日のかげを妬まん


 永久という一語のために死ぬなかれ、やがて来る陽のかげりのために


 わがための墓はあらずや幼な子の両手にあふる桔梗あるのみ


 いっぽんの麦残されて荒れ野あり わが加害 わが反逆


 暴力をわれに授けし父老いる 赦さるることなきわれの頭蓋よ


 青すぎる御空のなかをからす飛ぶ 去りぬおもいを飛びぬけながら


 ゆうやけてひとりまぶちを擦るいまなみだ模様の雲が暮れゆく


 葉桜もちかくなるかな道のうえ鳩の骸をふいに眺むる


 ひだまりのなかで瞑目する晌たしらしさにだまされていて


 夢さえも攫われてゆく水あかり あやめの花の花言葉かな


 蛇泳ぎ毒撒く父のうしろにてもっともやさしいときを失う


 母性といえば空箱おもうくらいの朝が来てひとりのギター爪弾くばかり


 父権といえばわれを受け入れるもの ただしく去勢されてゆくわれも


 句読点やがて悲しむときも来る時雨のなかの寺山修司


 愛語なきまま暮れゆく晩年よ古帽子のごときものかな


 望むのは不在の灯り われのみを温めて慰めるものなり


 石さえも悲しく映る春の夜の雨が激しい夜半を過ぎて


 ぼくもまた充たされながら誤解する花のなまえの由来について


 中古るのガットギターが吊さるる美術解剖図鑑の上を


 かたわらに野良を連れたりわれもまたやさしく虚勢はるばかりかな

 
 街歩む青葱色の外套に過去のすべてをまきあげてゆく

 
 装丁家校閲係印刷工作者の悪夢いま売りにでる

 
 狙いなくていま倦みながら白鷺の季節の上を斃れるだけか

 
 風がまだおまえを忘れないのなら頭上の鐘をいま打ち鳴らせ

 
 ミラー全集買いに出でて行方不明となりし妹たちの生き霊がおり

 
 固有性失いながら海岸を求めて走る自動車の旅

 
 忘れてしまおう 恋人たちの胸を焼く鉄砲百合の銃口などは

 
 銃後にて向日葵が咲く戦いのむなしさなどを嚙みしめるのみ

 
 ためらいのなかの邂逅 春の日の花粉のなかを走る犬たち

 
 青饅に月夜が滲む春の日の憎しみばかり新しきかな

 
 石鹸玉 子供が飛ばす休日のもっとも昏い路地裏の果て

  
 胡葱のような素足でバレイする少女のひとり暗闇に声


 ひとりのみ映画のなかに閉じられて都市の憂鬱と熊穴を出づ


 陽のしずく将亦時のしずくとは神のカノンにあらがうことか


 忘るたび立ち現るる初恋のひとのうしろをしばらく見つむ


 凱歌鳴る戦のなかを走る子のまざまざしき不安とともに


 午睡するわが胸寂しいま深く棺のなかをゆられるばかり


 仲の良い友がいるならそれでいい ひとりの日々を過ぎ越しながら


 降ればいい 雨粒なども愛しくて路上にわれを取り残すかな


 黄昏の領地バンドが駈けめぐる裸足のままの少年のよう


 色紙の閃く真昼だれひとり抗うことのなきままに


 うら若きわれらの過去よ枇杷の実が落ちてゆくなり悪魔のごとく


 土狂う畔の爆発 太陽が失せる真昼のわたしの心


 星屑やいつか頭上に降りて来い子供のような幼い光り


 パーカッション鳴らす男が泣きわめく小鳥の化身いま飛びあがる


 焚火址ひとり慰む火もあらずやけぼっくりの燃え残るのみ


 春菓子の匂いのなかに過去を見る男の頭蓋いま回転す


 嬰児のかげがいよいよ巨大化す春の嵐に吹き荒らされて


 花どきの督促状や森をでるかつてのように裁かれながら


 伏字のごとく青年期あり男らが運び去りゆく記憶の数多


 子供服婦人用品深緑いつかの憂い現実となり


 旅枕玻璃戸のなかに父母たちの悪霊ばかり見し夜よ


 くれないのまんこ閃く花の蜜滴りながらやさしく嗤う


 天秤のうえを切なくゆれる石わが魂しいの代わりなりたり


 草原に馬が一頭走るなかソーダ水の泡が消えゆく


 時沈む軍国兵士募集広告日当¥52,000より


    *

 

暗がりで手を洗う

 

 暗がりでくそをして、
 暗がりで手を洗う
 洗面台にも、
 浴槽にも、
 魂しいのおきどころが見当たらない
 たしかなものはタオルだけで
 そのタオルもひどく汚れてるのはいったい、
 なぜかなのかを思索してる
 かつて保護房の拘束のさなか、
 看護人どもの見守るまえで
 くそをさせられた辱めを懐いだす
 あのときの怒り、そして諦め、
 すべての人生でもっともむきだしにされた悪意と便意
 見いだされたもののなかでもっとも無様なおれ
 恍惚のない不安とともにいまでも、
 いまでも取り残されるおれが
 この室で静かに叫んでる
 人間性よ、
 おまえはおれを見殺しにした
 可読性よ、
 おまえはおれを縛りつける
 どうやっても人生が理不尽さにあらがえないときこそ、
 アルコールが必要なんだって、
 おれはおれにいい聞かせて来た
 だって社会はもはや閉鎖病棟そのもので
 だれもが病衣を着て歩いてる
 だれが医者で、だれが患者かの区別はもはやない
 おれは水を流した
 便秘のブルースを歌う、ジェイ・ホーキンスみたいにいつか、
 黒魔術を使って、あの医者や看護人どもを殺したい
 そして血に滲む愉楽のなかで、
 ちょいと千年ばかしの夢を泳ぎたいんだ
 こいつは赦されるだろうか?
 ──もちろん。

 

夢であることの悲しみ

 

 おそらく、
 夢であることの悲しみは
 だれもない室で展らいた本みたいなものだ
 町の中心で戦争が始まったから、
 エールとビールを開けて祝福する
 ひとを憎悪にかりたてるすべてが好きだ
 でも、これだって夢、じぶんが目醒めてるという夢
 囲いと鈎を身につけた牛が人間を焼く
 災厄が心地よいところまで、
 おれを追いかける
 心理だ
 荼毘だと繰り返す異端審問の男たちとともに
 ファイヤーバードを呑み交わす
 ところでこれが夢だとは
 おれにはもはやわからない
 放熱器を破壊された車がひとり、なまえを失った
 回転するナイフが炎みたいに燃え、
 われわれがもはや個人でないという喜びのなかで、
 いままさに料金所を増殖させる
 意味は敵だ、
 人生は接続詞だ、
 そして折り重なった死体にはだれであれ、心を動かされる、
 そしてだれとも問わずにその夢に悲しむ。