みずから書き、みずから滅ぶってこと。

中田満帆 / a missing person's press による活動報告

ヘンリー・ミラー全集の夜


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 狩り人のうちなる羊番をする少年の日のかげを妬まん


 永久という一語のために死ぬなかれ、やがて来る陽のかげりのために


 わがための墓はあらずや幼な子の両手にあふる桔梗あるのみ


 いっぽんの麦残されて荒れ野あり わが加害 わが反逆


 暴力をわれに授けし父老いる 赦さるることなきわれの頭蓋よ


 青すぎる御空のなかをからす飛ぶ 去りぬおもいを飛びぬけながら


 ゆうやけてひとりまぶちを擦るいまなみだ模様の雲が暮れゆく


 葉桜もちかくなるかな道のうえ鳩の骸をふいに眺むる


 ひだまりのなかで瞑目する晌たしらしさにだまされていて


 夢さえも攫われてゆく水あかり あやめの花の花言葉かな


 蛇泳ぎ毒撒く父のうしろにてもっともやさしいときを失う


 母性といえば空箱おもうくらいの朝が来てひとりのギター爪弾くばかり


 父権といえばわれを受け入れるもの ただしく去勢されてゆくわれも


 句読点やがて悲しむときも来る時雨のなかの寺山修司


 愛語なきまま暮れゆく晩年よ古帽子のごときものかな


 望むのは不在の灯り われのみを温めて慰めるものなり


 石さえも悲しく映る春の夜の雨が激しい夜半を過ぎて


 ぼくもまた充たされながら誤解する花のなまえの由来について


 中古るのガットギターが吊さるる美術解剖図鑑の上を


 かたわらに野良を連れたりわれもまたやさしく虚勢はるばかりかな

 
 街歩む青葱色の外套に過去のすべてをまきあげてゆく

 
 装丁家校閲係印刷工作者の悪夢いま売りにでる

 
 狙いなくていま倦みながら白鷺の季節の上を斃れるだけか

 
 風がまだおまえを忘れないのなら頭上の鐘をいま打ち鳴らせ

 
 ミラー全集買いに出でて行方不明となりし妹たちの生き霊がおり

 
 固有性失いながら海岸を求めて走る自動車の旅

 
 忘れてしまおう 恋人たちの胸を焼く鉄砲百合の銃口などは

 
 銃後にて向日葵が咲く戦いのむなしさなどを嚙みしめるのみ

 
 ためらいのなかの邂逅 春の日の花粉のなかを走る犬たち

 
 青饅に月夜が滲む春の日の憎しみばかり新しきかな

 
 石鹸玉 子供が飛ばす休日のもっとも昏い路地裏の果て

  
 胡葱のような素足でバレイする少女のひとり暗闇に声


 ひとりのみ映画のなかに閉じられて都市の憂鬱と熊穴を出づ


 陽のしずく将亦時のしずくとは神のカノンにあらがうことか


 忘るたび立ち現るる初恋のひとのうしろをしばらく見つむ


 凱歌鳴る戦のなかを走る子のまざまざしき不安とともに


 午睡するわが胸寂しいま深く棺のなかをゆられるばかり


 仲の良い友がいるならそれでいい ひとりの日々を過ぎ越しながら


 降ればいい 雨粒なども愛しくて路上にわれを取り残すかな


 黄昏の領地バンドが駈けめぐる裸足のままの少年のよう


 色紙の閃く真昼だれひとり抗うことのなきままに


 うら若きわれらの過去よ枇杷の実が落ちてゆくなり悪魔のごとく


 土狂う畔の爆発 太陽が失せる真昼のわたしの心


 星屑やいつか頭上に降りて来い子供のような幼い光り


 パーカッション鳴らす男が泣きわめく小鳥の化身いま飛びあがる


 焚火址ひとり慰む火もあらずやけぼっくりの燃え残るのみ


 春菓子の匂いのなかに過去を見る男の頭蓋いま回転す


 嬰児のかげがいよいよ巨大化す春の嵐に吹き荒らされて


 花どきの督促状や森をでるかつてのように裁かれながら


 伏字のごとく青年期あり男らが運び去りゆく記憶の数多


 子供服婦人用品深緑いつかの憂い現実となり


 旅枕玻璃戸のなかに父母たちの悪霊ばかり見し夜よ


 くれないのまんこ閃く花の蜜滴りながらやさしく嗤う


 天秤のうえを切なくゆれる石わが魂しいの代わりなりたり


 草原に馬が一頭走るなかソーダ水の泡が消えゆく


 時沈む軍国兵士募集広告日当¥52,000より


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