みずから書き、みずから滅ぶってこと。

中田満帆 / a missing person's press による活動報告

中田満帆の予告編:小説「裏庭日記/孤独のわけまえ」

 

アイデンティティ: 青年と危機

アイデンティティ: 青年と危機

 
アイデンティティとライフサイクル

アイデンティティとライフサイクル

 
アイデンティティ: 青年と危機

アイデンティティ: 青年と危機

 

 

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 自伝、犯罪、ふたつの物語が交錯する、中田満帆はじめての長篇。少年は生きる場所を求め、ふたりの男たちは音楽と絵のどさまわりをしてる。事件はやがて三人を飲み込む! ヴェンダースと清順の幻影を追いかけながら物語りはすすむ。

    *

 80年台の終わりだったとおもう。3つになるぼくを父の郷里へはじめて運んだ。豚のくそがうずたかくされ、台車で運ばれていく。臭気に耳を閉じる。みんな祖父の養豚場のためだった。ぼくはひとり祖父の材木所へもいった。そこにひとり、年長の少年が遊んでた。かれは犬をつかって死んだ鶉や鴨をとってた。なんともいさましい少年におもえた。いっぽう父はずっと祖父と話をしてた。わるい話になったんだろう。
 銃身を切りつめた猟銃でもって祖父はいった。「はやくこっからでていけ、さもないとぶっ放す」。その通りだった。鴨居に穴をあけられ、ぼくらはまっすぐに出た。父は生気を失って自身の車へと帰った。まるでここが日本じゃないようにお互いで息を吸った。吐いた。うんと吸った。──呑んだくれのばかやろう。──それきり黙って家へ帰った。生野高原は退屈をスタンプにずっとそこにある。ぼくは早くこの土地がなくなるように祈った。3度も。
 けれども退屈の日々はずっと強かったんだ。ぼくはなんどか母方の祖父に会った。戦前からの名家らしく、機織り機があり、琴があり、着物があり、ディズニーのカラー・フィルムもあった。妹たちが舞を習ってるあいだ。ぼくは「仮面ライダー」の漫画本を観てた。ぼくは仮面ライダーになるつもりで暮らした。でも大人になるということは無力では意味を持たず、わるくてつよいものに勝たなければ死ぬしかないようとおもった。屋根から飛び降りたり、瓦を割ったり、木に手刀を食らわしたり。
 とにかくぼくはさみしかった。姉には妹がいて、妹には姉がいるのに、ぼくはたったひとりだとわかってた。だから階段からいもうとを突き落とした。ぼくはなにも憶えがなかった。でもみんながぼくを見ていた。ぼくは淋しかった。これじゃあ、仮面ライダーにも忍者ジライヤにもなれない。古蒲団のうえにうつむけになって、ひたすらおもった。ぼくに兄や弟をくださいって。祖父はやがて友人の借金のために破産し、屋敷を失った。

    *

 おれたちは黙ってそれぞれのを呑んだ。音楽はなし。地元の年寄りがあたりでおれたちを眺めてた。どうってことはない。そろそろひけようとおもった。わたしだけでもいいから。ところがだ、滝田がひとりの男と撲り合いになってそのままガラスごと外にだしてしまった。いったいなにがジェーンに起こったのか?──しかたなくわたしが運転になった。滝田はジュラのボトルを持って来てた。なんていいやつなんだ。おまえけにポッドまである。おれたちは立派な犯罪者だ。適当なクリークに車を置き、歩いてモーテルに来た。特大サイズのビニールのポニーが迎えてくれた。それまでにわたしたちは15キロも歩いてた。若い女が降りてきた。
   泊まりたいの?
  もちろんだ。
   草の匂いがしてる。
  ほんのお土産だよ。
   ありがとう、安くしておくね。
  ありがとう。──MISS──?
ミス・ロージー・フロスト。詩人とおなじ綴よ。
  詩は書くの?
   兄が、──もうやめちゃったけど。
わたしはさっきの事件が大事になるかどうか、札を切った。占いは得意じゃない。でもやらなきゃりゃいけなかった。でもけっきょくわたしはジュラを呑み、ポッドを吸った。なにもかもが大したことじゃなかってわかった。いいポッド、いいフロスト。かの女のような娘と寝てみたかった。でもおれはもうへろへろだ。滝田にまかせてさっさと寝ちまった。
 翌朝、滝田の姿はなかった。カウンターにメモがあってフロストとでかけるとあった。きょうの夜には「メモリーズ・ホワッツ」での催しがあるというのに。どうしろってんだ。待つしかなかった。窓からさむざむしい土地を車が入ってきた。ピックアップだ。もしかするにもしかしたらだ。降りてきた男はおれをまともに見ず、いった。ロージーが出てったみたいだな、勝手に。
  おれはなにも知らん。おれの相棒と一緒にどっかにいってしまったんだ。
   おまえ日本人だな、トヨタの工場はひどかった。
  おれもそう聞いてる。ひどいってな。
   おれはロージーの伯父だ。──この国は好きか?
わたしは答えなかった。好きな土地はある、ひとがいる。ただそれを説くには物事が急過ぎる。
  ロージーこそいったいなにものなんだ?
   かわいそうな娘だ。

    *

 男たちの旅はどこにむかうのか?──現在執筆中、4月脱稿予定。

 

夜の果てへの旅〈上〉 (中公文庫)

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夜の果てへの旅〈下〉 (中公文庫)

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勝手に生きろ! (河出文庫)

勝手に生きろ! (河出文庫)

 

 

ドライヴ〔ハヤカワ・ミステリ文庫〕

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モーテル・クロニクルズ

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西東三鬼全句集 (角川ソフィア文庫)

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「土のなかのぼく、土のなかのまぼろし(仮題)」没歌篇2018

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過日、森忠明先生へ二篇の短歌を送ったのだが一偏ぜんぶ没になってしまった。というわけでこの行き場のない歌をここに残しておこう。

 

「土のなかのぼく、土のなかのまぼろし(仮題)」──短歌研究新人賞のための歌篇


 わが帰途を見失えりただひとりゆくなら黄葉の化身とともにして

 無神論者のなみだもまた輝くときよ望むの果にても狂おしく立たんか

 きみがための柩をば夢見んたとえば釘を打つひとを見ばや

 こんばんは好きな選手はだれですか夜の林を過ぎるあなたよ

 真夏の死たとえばぼくの万華鏡いつもみたいにきみが視えない

 けものすらやさしい夜よみずからを苛みながらも果実は青く

 森番のひとりのかげを手斧もてわかちつつある狩人のぼく

 まだ解けぬ方程式も夕暮れてきみのなまえのなかに眠れる
 
 いまぼくが在るのを懼れ冬の野に怒れる犬を置き去りにする

 階しの半分にただ腰かける人生というときのうたたね

 ぼくを蔑するゆかこのまなざし遠ざかり駅舎にはただ季節あかるむ

 失える、忘れてしまう、おもいすら、たとえばゆかこの夢を見たあと

 遠ざかるはつ恋よいずれ老いたれんぼくとゆかこを忘れたましめ

 死するべし四度めの逢瀬はつ恋は枯れながら立ついっぽんの枇杷
 
 桶水に両の手浸しながらただ眠りのなかのかの女をおもう

 眠る冬知らない土地をふかぶかと踏み歩みゆくような犬のまなざし

 去るだろう 兄の帆影にうかべたる妹たちの死に顔なぞも

 弟の愛する枇杷の木のひとつ父に伐られて憎しみを充つ

 三鬼全句集くすねてもなお愛せずや冬の朝にかわらけを撃てり

 みずからを斬る妹のよこがおに兄として布ふるわれ


 父の死を望みつつありサーカスのからす女をいつわりに愛す

 眠れねむれ牧神のうちなるおまえ醒めきらぬ悪夢のままのぼくを慰め

 神殺むるときを経ながらもぼくはまだ夕餉の支度できていません

 ぼくのあたまのなかに立つ熊よあなたに出会えないのが悲しい

 鴎らの問いを静かに聴きながら波の答えに飛び込む隣人

 帰途ひとつ失わばわれも淋しいぬばたまのかげひとつ

 愚かしきわが家の家訓声のなきものには轡ささんか父や

 ひとの子に生まれしゆえかかたわらにだれもういない時雨はさみしい

 うかつにも素直になれずいっぽんのきみの麦さえ手折るセツナめ

 指切りのつもりもあらずちぎりという一語のなかに解かれる夕べ

 亡き妹のあらわれる夜よ蔓草にまぎれる壁のあかるさばかり

 さかあがる星月淋しむくいとは幼きうちに死を悟ること

 かげろうがぼくを慰む肉親というなまぐさきもの葬りながら

 漁火をたったひとりの友と云い海路の果ての幸福求む

 母はぼくのベゴニアの葉もはや寄り添うときもなかりき

 若髭につつまれながらぼくという一人称と暮れなずむ森

 春の曲待ちわびてなお遠きかな兜太の句集わが胸にあり

 けぶれるような胸持つ男青春というものをあらかじめ失いたり

 なりたいとおもうは石よ英明の詩句のわずかを土に書きたり

 かつてわがものたりしはつ恋のゆかこをぼくは苛むばかり

 精通ののちなる恋よはぢらいは晩生という駅に連れ去るる
 
 麦畑のうちなる誘い墓場にて見知らぬ友のふたつの乳房あるのみ

 19 にて果てし同級生のおもざしよかの女の声すら知らないぼくは

 弟のぼくに似る河──魚影は屠られるものの愛らしさがあって

 恋いというもののいかがわしさばかりはるか弥生の光りに滅びつつあり

 ことば失えりかの女のうしろかげあかるく光りおり

 どういうこともなかれど声を断つ回転木馬の馬たち

 トラビスという役名の男死すテキサスの野に枯るる花弁

 冬の夜に五月の詩を読みたれば寺山修司の光背を見なん

 おれのための墓標なきまま暮れなずむ真昼のきみの両手あかるく

 天唇という一語のために滅びたし黄砂のなかのゆかこを見ばや

 飛べるよというたびに屋上にてうろたえるレインコートのきみ

 またふたたび去ってしまう姉よわがうちにある荒れ野に眠れ

 陸──長い休息のときを戦士みたいに過ぎてまだ戦えぬ兄との邂逅を忌む

 父殺しなれないだろう冬陽には大いなる蠅の凍えるさま

 追い放たれるぼくよゆかこの幻よ土の匂いにうつぶせになれ

 死そのほか注釈なしに忘れたき少女のレインコートにうっとりと過ぐ

 

 

寺山修司未発表歌集 月蝕書簡

寺山修司未発表歌集 月蝕書簡

 

  

古今和歌集 (岩波文庫)

古今和歌集 (岩波文庫)

 

 

きらわれもの

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  ●きらわれることについて

 

 そのときその場所でいちばんの女に惚れてきた。きれいな女どもはわたしに腹を立てていなくなった。男たちもまたわたしに嫌気を差して去っていった。数年まえのことだ。わたしはフェイスブック上で、自身の怒りと恋情をさらけだしてむちゃくちゃになった。かつての同級生たち全員にきらわれてしまった。どうしようもない。冷静になったいまでもそのことをおもい、どれほどじぶんが野卑だったかをおもう。だが、考えてみれば問題を起こさずともかれらかの女らとうまくやっていけたというわけであるまい。けっきょくうわべの付き合いを熟し、本音をいわず、ただただ卑屈になっていただけだという像が見えるのだ。もとからわたしは棲む世界がちがう。まともなものからはぐれてしまった迷子なのだ。わたしの書くものはわたしの異差から生まれてるといっていい。おまえなんかけつくらえ、である。
 わたしはようやく立ち直り、作品を書いている。しかしいまわたしの書くものを読むのはみんななにかしら書いているひとびとだ。ミュージシャンズ・ミュージシャンなら格好もつくだろうが、同業者とばかり馴れっているのは居心地がわるい。わたしはもっとそとへでる必要がある。ただどうしていいかはわからないのだが。今月は録音だ。とにかく曲を録って世に出すためにかたちをつくらなければならない。全9曲。しかし練習しているのはうち2曲だけだ。ほかは歌詞も忘れてる。4年もまえにつくったものだ、仕方がない。

 大抵の作家や詩人の人間性を許容することはたやすい。しかし作品となれば別だ。愚にもつかないといっていい。わたしは人間としてやさしくはなれるだろう。しかし書き手としてはまったく別だ。きぶっせいで、傲慢そのものだ。だからわたしは他人の作品に言及しないことした。相手が求めるのならともかく。このまえ「女の子のためのセックス」という詩集を評した。若い女の作品である。しかし褒めることばが見つからなかった。けっきょく立場があやふやなものを書き、その場を凌いだというわけだ。臆病なのである。かの女はさぞやおれをきらっているだろう。あたりまえだ。
 わたしにできることは最良の作品と出会い、それを歓迎することだ。それ以外の作品について時間を費やすべきではない。というわけである。べつにじぶんの作品にうぬぼれているというわけじゃない。だめな作品、だめなままで終わる作品、なにかが光ってる作品、光るだろう作品──それらのちがいくらいはわかるということだ。
 きらわれることは存外にわるくないことだ。みんなおれをほっていてくれる。なにをいおうとも、書こうともだ。だからわたしはかきつづける。短歌を80首、小説をいっぽん、そいて暇つぶしなこんな散文でさえも。たとえば休日に「遊ぼう」などといってくるものはないし、電話も、訪問者もない。もちろんそれらが淋しいときもある。そんなときはやわになったじぶんにふさわしいだろう作品を観る。セックス──おれにはわからない。それを楽しもうとすれば大枚がかかってしまう。わたしを愛してくれるひとなぞいないからだ。
 きのうからエル・ファニングの新作が上映されている。それを観るとしよう。小説へのおもいはもうしばらく熱くなるのを待っているしかないだろうから。


  ●きょうのめし

 

 チョリソーとブロッコリーを炒める。そこへトマトソースを投入。ローズマリーをまぶして食す。そしてあまったチョリソーを酢漬けに処す。 


  ●最近買ったもの

愛と笑いの夜

愛と笑いの夜

 
SIMPLE SONGS

SIMPLE SONGS

 
Weatherhouse

Weatherhouse

 

政治

 

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  球根を赦すまじや花という禍のために野は濁れり

 

 

 ぼくはほとんど政治や歴史を手放して来た。それ自体組織ではないかとおもった。新聞はあいかわず見出しとしショットのレイアウトの産物であっても、思考の産物ではない。いかにかれらが考えてるかをかたちにしただけに過ぎない。でもだれも考えてなんかいない。だれが悪く、だれがいいもので、やってることは児童漫画とちっともかりはない。だれかを悪魔化かしたところでだれも救われないし、だれかを絶対の善にしたって、そいつはぼくたちを連れてってなどしてくれやしない。

 ぼくは政治や社会についてオニピオンよろしく書きたいとはおもわない。そうするべきとさえおもっていない。日本語がだめなんじゃない。社会が、ひとびとが、報道機関がことばの使い方、在り方についてひどく無関心でありつづけるまでぼくにいうことはなにもない。新聞記事をみてごらん。はでな見出しに、写真を貼りつけてしまえばもう完成した気になっている。考えたつもりでいる。ただあるのは自我と願望だけだ。だれがだしく、だれがまちがってる──そんな内容ばかりつづく。考えている気になってる読者はなににも気づいていない。かれらかの女は誤解しつづける。気の利いた引用文でページを埋めることもできるが、残念ながらいまは午前六時で、ぼくは不眠症だ。ぼくが望むのは温かいベッド、そして緊縮財政の終焉である。減税なんてむだなことだ。小銭をふところにしまうみたいに箪笥にしまってしまうだろいう。だがこうしたことはニュースにはならない。対立を呼ばない話題なんかにあいつらは興味なんぞないんだ。
 モリカケ(いったいなにが問題だったのか)、もと天下り官僚、コンクリート業者、みんなどっかに消えてしまった。あとにはただ憎悪だけが残され、そいつを焚きつけられたわれわれがまぬけだというだけである。印象と感情のカットアウトによって思考するということはできない。正しい情報と映像だけがわれわれに思考をさせてくれる。まさかきみのいない場所でほらを吹いたりなどしない。だからきみのその美しいスカートを眺めさせてくれよ。
 それでも幼いころには政治番組を見て怒ったものだった。目障りながきだった。家では産経新聞をとっていたし、わたしは小林よしのりの漫画を持っていた。かれらの問題は感情を事故補正するために時事があり、論理化の手立てがあったが、もはや中毒の域に達しているということだ。《怒りは力になる、しかし憎しみは停滞する》というようなことをジョン・ライドンはいっていた。だれもがもはや停滞していた。腑抜け呼ばわりを承知でいうが、かれらにはもうくその投げ合いしかできまい。
 わたしにできることは直端な感情や視座にとらわれず、できるだけ静かに語ることのだ。いつも通るセンター街の入り口で反基地運動の老人たちがわめっていた。かれらのようなひとびとから社会参画の機会を奪いたいとおもわない。ただあの進歩のなさ、主張の一方通行さはもしかすれば《社会の一人としてのわれらを忘れないでくれ》という悲しい叫びともおもわれないだろうか。一瞥をくれ、去っていくぼく。ぼくは政治や歴史を一度捉えなおしてみたい。教科書のそとあって新しい本を手にとること。《アベ政治を許さない》というがフレーズがむなしくひびくなか、ぼくはまっすぐな道の真ん中で歩みたいのだ。

 やがてレコードは壊れ、《アベ政治を許ささないを許ささないを許ささないを許ささないを許ささないを許ささないささささないいい》となっていく。

 憎悪と騒音のなかに眠る言葉をいかに目覚めさせるかが問題であるだろう。──ところできみの脚はどしてそんなに艶かしいんだ?

 

 

  

歴史とユートピア

歴史とユートピア

 

  

「悪くあれ! 」窒息ニッポン、自由に生きる思考法

「悪くあれ! 」窒息ニッポン、自由に生きる思考法

 

 

ブコウスキー「モノマネ鳥よ、おれの幸運を願え」1972年

チャールズ・ブコウスキー「モノマネ鳥よ、おれの幸運を願え」1972年

Charles Bukowski "Mockingbird Wish Me Lock" - 1972 Block Sparrow Press

 

モノマネ鳥よ、おれの幸運を願え (ブコウスキー詩集)

モノマネ鳥よ、おれの幸運を願え (ブコウスキー詩集)

 

 

 詩のおもしろさ、愉しみといったものをどう捉えるかで、詩の読み方や、書き方ってものは変わっていく。日常語を踏み外す快楽、でたらめに語る快楽、売人を数える快楽やなんか。

 おれがこの詩集をはじめて手に入れたのは25歳のころだ。おれは愛隣地区にある病院、──社会医療センター附属病院に入院していた。膵臓炎にかかってだ。医者からは外出禁止を言渡され、退屈していた。そんなとき看護婦に頼んで買って来てもらったのがこの本だった。ひどい不眠症と情緒不安を抱え、毎日を過ごしてた。はじめてこの本を読んだとき、「おれにはとても合わない本だ」とおもった。それでも読むうちに馴染んで、あるとき、「なにもかもが理解できた」気になった。

 ブコウスキーの詩は日本で受けがわるいのだろう。大して翻訳されてない。一過性のブームよろしく小説も読み尽くされて、その主要作ですら手に入らない。たとえば「Love Is a Dog From Hell」、たとえば「The Days Run Away Like Wild horses over the hills」なんか。翻訳されている2冊の詩集は、いずれも評伝によれば寄せ集めの作品というわけだ。

 ブコウスキーの作品は反文学と称されることもしばしばで、この詩集に収められている詩篇も文学らしい読みや位置づけ、文脈と行ったものを巧妙に避けている作品が目立つ。しかしそのいっぽうで文学をつよく意識した詩句も又多くある。

 

詩よ、おまえはだれのところへも出かけその男を

置き去りにする娼婦だ… …(「詩」部分)

 

 一見して文学というものからもっとも遠いことを詠いながら確信に迫るというスタイルをブコウスキーは採る。日常のささやか情景やおもいから表現行為や人間の心理といったものに迫っていく。

 この詩集では「二十五ページのパンフレット」、「ごみ収集人」、「空の豚」、「モノマネ鳥」、「鼡」、「詩」が白眉だ。もしこれらの詩のよさがわかるなら、あんたはハンクの作品とうまくやっていけるだろう。ユリイカの増頁特集を買うのもいい。

 

おれ? おれは三十歳となった、

町は四倍から五倍の大きさになった

しかし腐ってる

そして女の子たちはいまでもおれの影に

唾を吐く、別の戦争が別の理由で

起りつつある、そしておれはかつて仕事にありつけなかったと同じ理由で

いまもほとんど仕事につけない

おれはなにも知らない、おれはなにも

できない。(「鼡」部分)

 

 おれは病院で詩集を読みながら嫌悪や辛辣さがもっとも重要で、もっとも欠けているものだとおもいこんだ。あるとき新聞広告を見ながら詩を書き、それを「広告」と題した。いまおもえばひどい誤りだった。おれはみずからを苛みつづけ、また酒を呑んだ。その酔いが覚めるまでけっきょく8年もかかってしまった。

 あのころ書いた詩はもはや手元にはない。今年のいつだったか、文藝同人を主宰する青年に紙のファイルごと渡した。いまさら読み返したいとも、改作したいともおもわない。古傷みたいな詩篇にできることはなにもなかった。

 この詩集がでた’72年にブコウスキーははじめての朗読会をおこなっている。サンフランシスコのシティ・ライツ・ブックストアでのライブはレコードにもなり、いまはCDになっている。買うのなら割愛なしの「Poems & insults」だろう(おれは知らずに割愛版を買ってしまった)。

 

Reads His Poetry

Reads His Poetry

 
Poems & Insults

Poems & Insults

 

 

 この詩集はある時期のおれにとって心の支えだった。傷まみれの拳みたいな詩句がおれをよくどやしつけてくれた。今年になって再入手し、その傷痕を確かめた。懐かしかった。おれはまた再会できたんだと、表紙にむかってささやき、かつてのおれをおおもいだす。訳者である中上哲夫の詩もいい。

 

  ボヘミアン志望者はインドの貧民窟で死ね

  死ねるものなら死ね

  死ぬという台詞と詩は信じない

  死者を所有する奴は嫌いだ

  ついに死者のやさしさはおれに訪れないだろう

  おとなしい生活や民族は嫌いだ

  ベトナム人のように卑屈で卑怯で卑劣で打算的でだれにでもフランク

   な寡黙な民族が好きだ

  戦中派のきまじめな人格が好きだ

  スキーがスメタナがストライキがストリップがスカイブルーがスルメ

   が好きだ(「グッド・バイ」部分)

  

ブコウスキーと町でいちばんの酔いどれ天使 (トーキングヘッズ叢書 (No.7))

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オールドパンク、哄笑する―チャールズ・ブコウスキー短編集

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MONKEY vol.11 ともだちがいない!

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ブコウスキー詩集―指がちょっと血を流し始めるまでパーカッション楽器のように酔っぱらったピアノを弾け

ブコウスキー詩集―指がちょっと血を流し始めるまでパーカッション楽器のように酔っぱらったピアノを弾け

 
中上哲夫詩集 (現代詩文庫)

中上哲夫詩集 (現代詩文庫)

 

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