みずから書き、みずから滅ぶってこと。

中田満帆 / a missing person's press による活動報告

晩年についてぼくが考えたこと《今月の歌篇》

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 自由なく死なねばならんのか墓建てらるるひとびとよ詠え


 風車やがて棄てられぬ恐山の遠く遠く翳むところまで


 花車老いたれる陽よしめやかにいつか語れる憾みを持たず


 押し花のなかに帰らん跫音のやさしきノイズひとつひとつと


 遅春の木戸にふくらむ月のかげやがてひとのかたちになるは朝

 
 いつになく落ち着かないようなふりをして花を盗んだ少女の伝説


 花野にてふさわしい死を死にたいといい散水機が暴走したり


 やまいだればかりがつづく頁繰り狂おしいほど病める文体


 草青しだれにたずねる茎の色透きとおったままのまなざし


 天使来る滅びのときの滴りに翅で描いた未知のよろこび


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 手相見の皺の多さよ希望線反抗線の尽きるところまで深く


 かつてみなわらべと呼ばれ素裸の腑分けびとたる短篇小説


 ひなぎくの花汚されて泪する中年男の日記帖読む


 ひとのない夜のほどろに立ちながらただみずからの熾きを識るのみ


 石を探す石を探す石を探すさりとて埒もない河原の真午


 寄る辺なく読む新聞のわびしさよ読者感想欄のごとく


 聴雨する夜の窓からさめざめと雨の男たちの凱歌


 お願いだ、ためらわないで、もうきみはぼくのなかにはいないんだから


 花曇る停留所をまちがえてひとつてまえで降りる少年たち


 黙ったまま他者にまみれて検品のアボガドの色どれもすずしい


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 ゆらぎいてバターナイフのようにまだ眠っているぼくの失寵


 オレンジ色のアンプヘッドに手をかけて季節を急ぐ藍色のひと


 みながみな幸福だった験しなくきょうまた猪色の列車にゆらる


 中古る産着がショーケースに入れられるただそれだけの掌篇小説


 善良なライオンなれば翅生やし善良な詩人なれば腐れてゆくのみ


 回転式基督像の内部にてわずかに生きる蛆のきらめき


 はぐれながら歩むということ一輪の花の高さを飛び越える度


 少なからず友と呼びたきひと存るもそうは呼べない物理的距離


 ものがみなたそがれていくなかでひとり晩年の帽子夢見る


 パッチェンの詩集をひらく午后の陽に啓示されるものあらずや


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 滅びさえ愛しくおもうおもざしが緑のなかにいっぱいひらく


 夜を流るる雲の赴くところまでまわりつづけて観覧車現る


 葡萄を量る女たちには戒めのような両目が泳ぎつづける


 待ちながらみずからをまた省みてバスは来たらずさつき光れる


 やめてくれ──ぼくを慰めようとして祐子を求むなづきの襞よ

 
 夜ふけて灯りをすべて落とすたび足許にいる過古の生き霊


 修司忌やさつきのみどり燃えるまで灰になるまで書物を捲る


 またいつか会いましょうとはぼくはいわない季節みたいに過ぎる青電


 それでもなおきみの町まででかけゆくぼくのなかの小さな熾き火


 階をのぼれば月のふりをする非常灯たちのふさごとばかり
 

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 フォークロア残されたると告げられて樹氷の若々しいあきらめ


 あずましき場所を求めて死地を踏むゆうやけいろの山に背いて


 たちどまるたびに眼を細め、ゆっくりとわが過古を裏切る


 長いあやまちのなかで息をする詩を書くもパロール淋しいずこにいけども


 まぼろしになるだろう きみのかたえになにも添えられずにいて


 みどりさえ危うくみえる五月病咳きのなかにすべて見失う


 戦ったり血を流したりしながらも倖せなんです みな流されて


 ひとちひとつづつ持ち帰ればいいだろう花曇りする線路の跡で


 修司忌や一騎のごとく光りたる空には本をかかげ給えよ


 なにを詠うのかもわからないままうきわれに沈むぼくの舟よ


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 晩年についてぼくが考えたことたとえば山羊の角のやわらかさとか


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