みずから書き、みずから滅ぶってこと。

中田満帆 / a missing person's press による活動報告

賞味期限の切れたワナビーはいったいどこで果てるのか

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   *

 仕事がなくなったんだ、ルゥー。期間が切れたんだ、ルゥー。そういうわけで不安のなかで求人を捲る。歌集を来月だ。それまでにあたらしい仕事がいる。というわけであしたの面接をふたつ決め、障碍求人もいくらか集めた。でも、今月には小説を書かなくてはならない。ふたつ書いて賞へ送るつもりだ。しかしとてもおれの書くものがメジャー文壇のひとに受けるとはおもえない。けっきょくは書くための動機探しのような気がしてる。どうやらおれは草臥れてるし、あと締め切りまで13日しかない。慌てて種本を探して、武者小路実篤「お目出たき人」、西村賢太「小銭を数える」を買った。清野栄一の本を借りた。でも今度は読む気が起こらないと来る。
 ブログはだれにも読まれない。そして詩はしばらく書けそうにない。Twitterに書くことなんか、もはやない。今月をやり越せるほどの食費が危うい。おれはいったいなんのためにこんな幕間狂言を演じているのか、まったくわからない。というわけで小説のうち、いっぽんは過去の短篇をふたつ繋げ、あいだに1篇挿入するというかたちを採ることにした。ただし翻訳臭い文体は見直すことにした。いまは23歳のとき、照明倉庫で働いてた体験をベースに嘘を書いてる。なんとも湿気た気分。あのときのおれはいまよりもデブで、そして酒呑みだった。かの女とはなにもなかった。いまはシアナマイドを呑み、酒を断ってる。そして喰う量も減らしてる。いまは80キロ。あと10キロ減らすだけだ。
 そんなこんなでおれはまたしてもポンコツPCのまえにいる。けっきょく港湾労働でマックを買う金を稼げなかったというわけだ。おれは休み過ぎたし、酒を呑みすぎてたからだ。このままでは歌集の出版費用も危ない。笑えないことばかりだ。じぶんにあるのはせいぜいのところ、蓄えられた脂肪だけだとおもう、このごろ。さっさとこの忌まわしい機械を終わらせて本を読むべきなんだ。せっかく買った座椅子のためにも。詩人としても、歌人としても、35の男として、戦わなくてはならなかった。──なにと?

   *

 今朝、火傷しちまった。蒸し野菜を皿に移そうとしたとき、フライパンの熱湯がおれの右の腿にかかった。悲鳴をあげ、あわてて、床を拭いた。それから浴室にいって水をかけつづけた。数時間後、緑色の火ぶくれができ、醜い唇みたいに現れた。おれはそいつに針で穴をあけつづけた。火傷の痕は消えそうにもない。またしても肉体的欠点が、できたというわけだ。
 賞味期限の切れたワナビーはいったいどこで果てるのか。文藝のニュースはどれも輝きに充ちていた。綿矢りさが写真つきでインタビューに答える、最果タヒ町田康と対談する。それなのにおれはいつまでも真剣になれず、なにごとにも熱くなれず、右往左往してる。おまけに日本文学に丸っきり興味が持てない。けっきょくおれは物語を書くことがそれほど好きでないのかも知れない。だからこそ1行詩の短歌に15年も浸かっていられたのかも知れない。
 もうひとつの小説についても語ろう。これはロード・ノヴェルだ。移動の記録。場所を歴るごとにかの女へのおもいがどう変化して消えていったのかを書くだろう。こいつは10月30日まで仕上げたい。けっきょくは読みたいものを書くしかない。
 救いがたいのはたぶん、おれ自身よりもおれを取り巻く環境のせいなんだろう。もちろんそれを変えるのもおれの責任なのだが。文筆に徹するための、もっと簡素な環境がいる。いまのようにあれもこれもと手をつけるのはやめることだ。──室を片づける。物事の順序を決める。それだけだ。

   *
 
 というわけでまずは「小銭を数える」を読むとしよう。

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お目出たき人 (新潮文庫)

お目出たき人 (新潮文庫)

 
小銭をかぞえる (文春文庫)

小銭をかぞえる (文春文庫)

 

歌集「星蝕詠嘆集」について

 来月に刊行する予定の歌集「星蝕詠嘆集/Eclipse arioso」の表紙ができました。じぶんでは地味で面白味に欠けたデザインだとおもうのですが、師のすすめでこの表紙に決定しました。いまは印刷所を探しています。紙質や、部数など考えています。予算は6万ほどを予定しています。来月、発注し、在庫分が完売すればオンデマンドと電子書籍版を発売する予定です。この歌集には'04年から15年分の歌から撰んだものを収録しています。よろしくお願いします。

 

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ユウコ、あるいは春の歌

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拒まれているでもなしに鴉見てわれもひとりというほかはなし



午睡するぼくの意識に落ちてきて風にふるえる野苺の果は



春畠にたつたひとりのほほえみを浮かべておれを誘うマネキン



野兎のように児ら去るしぐれより隠しに寂し手はみずからの



夜間飛行いちまひきりの板ガムでわれは飛ばさん空しさなどを



失童のあとさき《さや》という女ともにぼくは笑った羞ぢらいながら



バナナ積む港湾業務・海はまだ春に馴染んでいないよう



ひとをみな滅ぼす夢も愛ゆえにからたちの木に身をば委ねる



急行の人生をみな生きながらブレーキパッドを知らないでいる



裏階段展びてゆけゆけ入れ目なる緑の犬のまなこのなかに



あれがただ青麦みたいに見えるからふりかざされるまえに答える 



さまざまの過古のはざまに存るという出生拒む黒いみどりご



眠らない木々のようにはいられないダンス、ダンス、ラジオに合わせ



なにか叫びたるような声がして一匹の蟻を浮かべたにんぎょうの町



喪いしものみなとるにたりはせぬとはくさいの虫など殺すひととき



愛などにあこがれたまま頓死するのがせいぜいだろうと青葱を切る



きみにとりなにを意味するものがあろう情けのつゆもないまなざしで



展示さるる奉教人の木乃伊よりいまとりださん不信心など



やまびこの不在零狼かけぬけて登山家一同みな喉喰わるる   



銀河にてさまよう塵を日の本と呼びみかどらの車スピードをあぐる



かくれんぼする狂人や愛も笑いもない夜の出来事



郷愁に隷属しまい、与えまい、からすの群に石を投じる



フロントグラスに突然やって来たかの女の生霊にキスを



人狼の夜話を聴きつつ眠りたる架空の息子の羅針盤かな


 
姉妹みな葬りたし断崖の彼方の星を撃ち落とすごと

 

家族欲す憐れなるわが魂しいの救われざるを月に見ており



亡命の猫いっぴきに餌をやり詩行ふたたびわれに息づく


 
戯れに魚の頭落としたる猫の営む理髪店にて



光降る貧窮院の壁に凭れ酒という死を呑みつづけるかな



水たまり飛び越しながら光りつつ最后のひとつに加えられたし



ソーダ水の残りの滴ぱちぱちとしてコップのなかの犀目を醒ます



叢の昏れるトーチカ銃痕の数ほどにあらんや若き友の死



灰かぶり姫の幸せを語りつつ蝋引きのタンブラーに安酒の父



それがぜんぶだったんでしょうか、からっぽの郵便受けに水



小さな花きいろい花が咲きましたら惜しみなく千切れ惜しみなく奪え



もうじき晴れるという報せ来て河床に素足を入れる、ほらこれがきみの羊水か



春を過ぎるいっぴきの猫歩くとき死の爛爛を咥えるべきかな



花狂いするものはみな射たれよといっぱいの水に潜るひとあり



時来れば耳鼻科通院終え遂におれも成人死者のレースを



わからない、っていう顔して、もどりみちもはや見えない春霞濃く



濡れそぼつ聖母のごとき裸婦像やわれを見初めて連れてゆかんか



少なからず友と呼びたきひと存るもそうは呼べない物理的距離



パッチェンの詩集をひらく午后の陽に啓示されるものあらずや


  
待ちながらみずからをまた省みてバスは来たらずさつき光れる


 
夜ふけて灯りをすべて落とすたび足許にいる過古の生き霊


 
ひとの世の角を曲がれば深甚と迎え入るるはかの女の幻影


 
かげろうの歌ひとり聴くひねもすにたれかを欲すこともなきまま



ひとびとは過ぎず時間のみ過ぎてぼくはふたたび眼をそらすかな



時というときのはざまで揺れているモーテルの灯よぼくにたなびけ



垂直の人間足り得、わずかなる信を授けらるる僥倖を待つ



あたらしき浮き世に生きてひとびとのうつろをただただ遊び生きたり


 
喰われたる虹鱒ひとつ漁火を両の眼に焼きつけたりぬ



父の死后よ柩のなかに入れられて花という花も狂熱せん



牡蠣の身にすがりつくような愛をもってわれわれは檸檬の化身となりぬ



虚構にて森番たりしわが手斧みずからをまたうつし世へ還さん



二十四時くろねこひとり訪れてけむりをみせて語る夜ある



光る襞、少女のいくた過ぎ越してかげのうちへと帰る草木



うつしよの通りを歩む群れむれにだれも知らないおれを追う鬼



水のないプールのごとくからっぽの水槽抱いて少年泣きぬ



乾く蓮葬場の果てに生えておりわれ昏々としてそを見つむる



呼ぶもののこえにむく顔またひとつたがいちがいを求めて歩む



陽ざかりにシロツメ草を摘めばただ少女のような偽りを為す



ぬかるみに棲むごと手足汚してはきみの背中を眼で追うばかり 



いくばくを生きんかひとり抗いて風の壁蹴るかもめの質問



うごくもの、うごかないものにはさまれてきょうも飛べないみどりの男



いちまいきりの黄葉の終わり見落として春を喪う少年の頃



草の葉のなまえを調べ図書館の暗がりはいまぼくのものなり



きみどりいろの天使のひとつ買いに来て堕天使とった婦人に注目!



墓石の昏さを抱えねむるひと──ひとの姿を借りた墓石



流し雛が澱みのなかでほほえんでいるなにかが芽吹きはじめたからか



かりものの、かげのひとつをたずさえて踊りつづける広場の彫像



さまよいのものらみあげる窓はみなひとでないものにこそふさわしい燈しがある



きのうがまたきょうのふりをして歩いて来るなんだよおまえ地平線にでも帰れ



子供らがまた争いの支度をしてる、ねえお母さん朝ご飯まだ?



木箱くずす夕べの痛みわれわれはただひとりなる生贄求む



花野にてふさわしい死を死にたいといい散水機が暴走したり



天使来る滅びのときの滴りに翅で描いた未知のよろこび



手相見の皺の多さよ希望線反抗線の尽きるところまで深く



石を探す石を探す石を探すさりとて埒もない河原の真午



剃刀の光りのなかの黒猫の仕草が昏いところに芽吹く



常しえにきみのおもざし揺れるときふとあたらしい犯意を見いだす



別れにも涙流れず悲しさをひとり尿して路上に託す



蝶死せるいっぽん道の彼方にてだれが殺したとつぶやく安寧



でもそれがまちがいだなんていわない午前一時の脱走劇



肥桶をおきざりにして来る町に馬がひりだすような、さむけ



まだ知らない、濡れた唇、雨模様、下の句のない男の俳句


 
静かなる時代よいまだ死の灰を喰わずして存ることはできず



川上にひとがた流し少女期を葬り去るは村を出るとき



みどりさえ危うくみえる五月病咳きのなかにすべて見失う



そばにいることなんかできもしないのにただもういちどだけ花に触れる



光りさすなか一輪を剪りに来て茎もてあます朝餉のあとは



鴉飛ぶ姿は孤独を思わすと呟いておりわが妹は



ほころびにまみれた産着落ちてるとかわいいひとがまたも過ぎ去る



進入禁止の路次また路次よ葬式に遅れてひとりギンズバーグ暗唱す



きみがいた給水塔の真下には壁面塗装用の足場ばかり



雨がいま暗渠を走る・もういいよ・きみが話してくれていたから



なぜだろう・どうしてだろう・仮面売る男はいまも素顔のまんま



草のような花のようなまぶたのうえになぶくものに手をふる



修司忌やさつきのみどり燃ゆるまで灰になるまで書物を捲る



夕なぎに身を解きつつむなしさを蹴りあげ語る永久のこと



花曇る停留所よまちがえてひとつ手まえで降りる少年



葡萄を量る女たちには戒めような両の眼泳ぎつづける

 

 

多くのひとは

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 多くのひとは雲のなかで目醒めたりはしない
 水のなかで熱くなったりもしない
 そして炎のなかで溺れたりもしない
 したたかな晩夏の光りのなかで芽吹き、
 やはりしたたかな初秋の光りのなかで凋れるものはなに?
 もはや犯意を失った群小詩人のなかにあって、
 わたしはひとり、草むらを歩く
 だれもわたしのことを知らないということの不安を
 だれもきみのことを知らないという事実で埋めようとしてる
 質問?──それもいいだろうけど、
 けっきょくは表面をなぞっただけで、
 なにもわかり合えないということ
 たったそれだけの事実がぼくに詩を書かせる
 箒に寄りそう木枯らしみたいな、つつましい事実よ、
 眠れ、眠れ、眠れよ
 きみたちのために寝台は空けておいたから
 もう大丈夫、大丈夫だといいかけてやめたのはなぜ?
 きっとふりまわした花みたいになにもかもが奪われて死ぬ
 だからか、外套を投げてビルの屋上を歩きたい
 多くのひとは雲のなかで目醒めたりはしない
 水のなかで熱くなったりもしない
 そして炎のなかで溺れたりもしない
 だのにぼくはそうでもしなければもはや、
 生きるのもむつかしい
 きょうで港湾労働も終わった、
 しばらくはだれとも会わないでいるだろう
 アパートの床に素足を立てて、
 やがてわたしは雲のなかで目醒める
 水のなかで熱くなる
 炎のなかで溺れる
 そうともさ 
 きみは?
 

アベローネ、あるいは冬の歌

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ひとの名を忘るしもつき机上にてミニカーいちだい消息を絶つ
 

 
安物のファルファッレを茹でながら架空の対話をひとりめぐらす



トマト罐放ちつつあり琺瑯の鍋につぶやくかつての片恋



分光器かざして見つむきみがいた町のむこうの山の頂き



青む眼の一羽が鳴らす鉄の檻ぼくは外套着て匿うさ



そらというものの対義語探したる少女のせつなぽっかり暮れる



しんしんしん、町を踏みしめながら肺透きとおるまで走る暁 



冬ざくらわずかに咲くは生田川並木のなかにひとり見つける



時も凪ぐ夜更けの海を眺めやる一人称を棄て去りながら



地上にて生きるせつなをひとり食み黒葡萄の眠りうたあり



ひと知れず生きたいなどとおもいたる広告塔の焼け落ちるなか



なまえすら棄てられるなら三畳の女郎部屋にてかすみを見たい



素裸のままに厩の主となる仔牛の胸に暖を取りつつ



灯しては病後のわれを蔑すのみ夜間巡回の看護婦の脚

  
 
告白の虚構性にて成るものを買いためて自己という旅


 
そしてみな自由あれと願いてもまだ腥きわれの水槽



古帽のなかにて眠る猫いまだ勝ち得ぬことを慰みしかな



冬衣──ひらめく彼方法悦を悟るふりして眠るひとかげ  



ひめるものもはやなきゆえ莨火のいちばん昏い色を散らせよ



われを憎む妹たちの夕月を洗面器にて保存し眺む



ぼくは姉妹たちの消息を知らずにただ由一の鮭観てる



犬を抱くようななぐさみ多かったりゆうこのいない町が暮れてる



自閉症という光りのなかに立ちながらゆうこのすべてを祝福したい



葡萄の木枯れながら蔦壁を這いわれのかげにて実る黒さよ



師走にてひとりの友を葬れし夢を見るわが旅枕あり



冬の根を掘るわれいまだ男という容れものにただ弄ばれる



愛語なく昏くなりたる室もはや孤独に甘えられずいて




朝の田に一羽のからす落ちてをりひとりの友のごと葬れり 



犬の死に捧げる花もないままに過ぎ去るばかり雨の初秋は



夜空見てつかのま死する流星よ愛しいひとこそ憎むべきひと



病身を椅子に熟めつつ語らえばえそらごとのみ冬のわが祖父



斑鳩のそらよひとひら羽が落ち町全体を包む漆黒



倦めばただ天井見つめひとときの虚ろのなかをさ迷いし哉



暗澹とするは側溝流れたる水の弾けん音を聴くとき



うなだるるわが天金の書啓くたび架空の訓示受け入れ給う

 

霜月の凍てつく蛙喰らうたび遠き仏国の匂い味わう



球体の向こうを永久の夜が来てみなは文字盤砥ぎて終わらず



死との間を洗う行為が人生と云い回廊去る清掃夫たち



(寂滅は叶わぬものよ)老医師の昏き鏡に浮かぶ待合



たずねびと色失ひつつ貼られては消えて久しいきみあり



われら零れ落ちながらゆうぐれの町町に立ちあぐる垂直体なり



保安所の不在は窓にあらわれてやすらぐだろう警報らんぷ



いばりしてれもんすかっしゅ呑みにゆくいたぶる相手さがす娘ら



村あかりあかりは遠くとおくにて野良の眸は裸のあかり



追うのみにきみは生きてるみちはぐれ不在に灯もる車内らんぷも



おまえをなぎ倒せばどれだけ救われるだろう砂場を充たせ悲しい歯痛



戻らないかれらのために開かれて廊のおわりに立つ非常口



ふたたび──はないだろうはなれていくみずからを壁のざらめきに打ちつけても



ためらいを憶えるようにふかぶかと湯に沈めゆき青い両の手



時計屋の凍てつくままの針落ちて失われるもの哀音そのほか



友情を知らぬひとりの顔さえもとっぷり暮れる洗面器かな



成熟も病いのひとつ青年の茎はかならず癒やすべからず



肉体が腐敗を免れようとあらがうときに初めて愛というものがある
 


愚者たるに楽園あらず運河にて孤舟の櫂をゆらす星暦



 
鳥語のみ教授し給う人類学者人語の解読いまだならんか


 
冬の蟻よじ登りたりもの干しの子供の靴にむくろとなりぬ



抽撰器しわすの町に運ばれて運命以前の籤の悪名



銀匂うくわるてつと手に歩く松本隆の生き霊を見し



うしろ髪なびくかの女のまぼろしを花色として素描せしかな



わがうちの小さな町の莨屋に灯り点れる永久の夕景



はらいそを識らずに落ちる御身あり視あぐるのみの劇の中絶



うすわらうひとらの若きかげなるを唾棄してなんぞ復讐足りえず



あまねくを荒れ野に譬え歩みゆくもはやかのひとを呼ぶ声もなし




15歳──コンビニエンス更けゆかん性よ艶本買いに歩きさまよう



ねこやなぎ2月のぼくのまぼろしにきみの再誕として芽吹く



校庭の白樫の木老いたれてもはやだれもぼくを呼ばない



名を持たぬコンクリートの塊が悲しむような岸壁の時化



雪降れる養老院よなまえすら忘るる犬はくらがりに集う



われをつつむ柩ありけり河岸に待っているかのようにとまれり



老犬の檻ばかりなる家々の女主人だれも顔なく



屠られるけものの匂い週末のステーキハウスの光りまぶしく



浴槽に水のない日よ遠ざかる母の亡霊しばらくおもう




夜の寡婦かぜにまぎれてぬばたまのもっとも昏いところで咳く



冬の菜をきみに贈りたし経験と呼べるものなきわが愛のため



屠られる牛こそ詩情喰うことと殺すこととは一体として   




終わりゆく枷や軛を愛おしむ幾千人の正しきひとびと



冬の日に蜆を買ってひとりのみ時計じかけの月を見上ぐる



正午過ぎ郵便配達人来たり詩人きどりの絵葉書得たり



ソーダ水呑みつつ職を熟しては水平線を見たくなりたり



雨の降ればそぞろに歩き鼻を突くペンキの匂い黴の臭みは



霧笛鳴る神戸の港不眠症長距離走者ひとり過ぎ去る



午睡せし息子の顔をしらじらと照らす冬日や間伐の音



冬の蠅いきつくところなきままに土のうえに閉じる生涯



I wanna be with 繰り返して猶答えでず海のむこうへ飛ぶゆうこかな



鳥を喰う猫ありそんなことなんかいつか忘れてしまいたりけり



莨火をふかす月夜に神という神に下れる人涜の罰



法医学教授するひと人体のなかに眠れる口唇期かな




土塊に過ぎぬわれらと唱えたる基督信徒の外套の艶



リングイネ茹でる午后の陽かたむいて生田川へとぶつかるあいま



なみだという一語の対義求めつつひざかりに子供靴ひとつあって



両の手を埋めて冬の果てを識るもてないおとこたちのうた



流民との交信中なりゆびさきを幾千まえの座標に合わせ



スローガン充ちたる町よ最愛のひとを殺せといつ叫ぶのか



主人公不在のままに幕を閉ず栄光という二字の引力



別離への餞たればいちまいの債務証書をきみに送らん



裁かるるわれの一生市場にて売れ損ないの烙印を待つ




砂漠とは渇く魂しい砂色の女がひとり佇んでゐる



椿とは女の化身惑星を滅ぼしながら旅をつづける



綴織──陽に曝されてひるがえる一瞬にただきみが笑った



ナスガママ、アルガママにてユニゾンする偶然のたしかな谺


  
かのひとを恋うる夢から醒めしただくらがりのなか両の眼をひらく



燕麦のスープ一匙ぼくは呑み知らない星の地上へ降りる 




天体をかすめて落つる衛星の望郷にみな焼かれてしまえ



汗の染む放浪詩篇かのひとの跡へむかってうち棄てたりし



冬の木のかげ昏れるとき静かなるわたしのなかの機影を掴む



枕木を数えて歩む帰り道充ちたりたれるわたしの列車



屠らるる敗馬のうちの光りたれまなこの奥の少年のぼく



通行止めのバーがたがいを遠ざける花のかげなどない公園通り



たったいま愉楽を知らずうたたねる港の杭にとどまれる鳥



立ちどまる猫や光りの一滴を夜のうちなるやさしさにして



凍てる星ひろげる両手天体を抱きしめんとす子供らの夜



神を説くひとのかげあり遡るきみの知らない男の降臨



去ってしまったかれらかの女らのことを記号に変えてばらまく夜



いつまでも青傘のなかでかくれんぼしてるふたりの猫が



ひとりのみかくれ莨のかげがある雨の降る港その端にいて



子供らの駈け去るかげ差して夕立の色素のひとつ落ちていたりぬ



硯泣くような気がして墨をとめ、わずかなそれを指で弄くる



もう春がまるで近くにあるようでふと立ちあがる軽量係は



それまでとおもいながらか雪の跡手袋だけが手をふっている


 
いもうとの睡れるときのつかのまに胡桃をわる母の手があり



雲果つる夜の頭上に閃いてきみの指までつづく天体



みずからの名すらも忘れ立ちどまる給水塔のうえの旅人



老木のごとき時間を過したる夕暮れまえのぼくのためらい



中也ごとマント掛けたる冬をいま鏡のむこうに見て風車



月光を遮りながら去るバスの無人のあとにわれゆく路



薪をわる手斧のひとつ殺しをばおもいながらに父を見つむる



ポスト・パンクするせつなさよやがてみな幾千の雪なればよい



墓地過ぐるひととき雪の光りにて子供の墓碑の光りおりたし



ぼくたちのまだやはらかなうちがわにきみらしい棘をひとつ捧げて



眠る冬知らない土地をふかぶかと踏み歩みゆくような犬のまなざし



晩年についてぼくが考えたことたとえば山羊のやわらかさとか



トム・ヴァーレインみたいにギター弾きたいという女の子がいた



エラスムス不在のうちに現れて神を説かれる淋しい寒帯



閂の黙するままに閉じられて箒のかげにすがる木枯らし



発つ霧へふいにマッチをかざしたるわれは猪(い)圏(こく)のひとかも知れず