みずから書き、みずから滅ぶってこと。

中田満帆 / a missing person's press による活動報告

砂漠963

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 ひどく退屈だ、年の瀬ってやつは。ひとがいない。通りにも、このネット上にも。文藝サイトはいつも閑古鳥が啼いてる、そしてそれもやがて聞えなくなった。あるのは死。夢絶のなかの静かな死だけだ。おれはサイドボードから零れ落ちた手紙を拾う。そしてあける。世田谷のご婦人がおれを称賛していた。だが、おれの心は固く閉じられていて開かない。閂が錆びついていて、ないにも感じない。乞食になる覚悟もおれにはなかった。ブログの読者は増えたのにだれも読まないという事実。野積みにされた事実のなかで、最良のものを撰びだしたいという願い、そしてその願いを掻き消す、寂寞とした男の内奥。
 おれはずっとひとりでいる。すると脳が渇いたような感触がしておもわず、頭を掻き毟りたくなる。ひとりでいるのが長いと、じぶんを認識する能力が薄れてしまう。じぶんの輪郭がわからなくなる。きのう読んだ本、「ケーキの切れない非行少年たち」にもそんなことが書かれてあった。だが、ひとのなかに入っていくのはたやすくはない。作業所ではもはや目的を見喪ってしまった。動画の編輯も、キャラクターデザインも、ブログも半端なままで終わってしまった。正直いって生彩を喪ってしまったんだ。
 でも、だからといって室でできることもない。ギターの練習は止まっている。どうにも身体的不器用さがおれの邪魔をしているみたいなんだ。ストロークもでたらめ。リズムもだめ。せっかくの愉しみも、この発達障碍という軛のせいでオジャンになったという感じがしている。来週のレッスンをどう乗り切るかがわからない。まあ、正直にじぶんのレベルの低さを申告するほかはあるまい。
 だれもいない室で、だれかをおもう。おれには恋が必要だった。だが出遭いのない以上は、じぶんを模写しつづけるしかないようで、またしてもおれはすでに概念と化してしまった初恋にすがりついたりする。かの女のなまえで、脳内が埋まる。酒が切れて3日、とにかく落ち着かない。デンキブランを一本、ロックでやりたかった。あの松脂のような香りを嗅ぎたかった。他人のブログを読む。読者からプレゼントをもらって意気揚々だった。羨ましい。おれにはそんな読者はいないからだ。さむざむしい室のなかで、じぶんの過去とともに踊る。なんていうことだ。こんなにもおれはひとりなんだ。
 通り静かなままで、おれの室に砂漠が侵入して来た。たった1時間で室は占領された。不法移民たちがバスに乗って押し寄せて来る。なかには赤子を抱えたものや、瑕を負ったものもいる。おれはなし崩しに受け入れ、11帖の室は充たされた。知らない言語のなかで、おれは和文タイプライターを見つける。砂のなかに両手を入れて、ものを書き綴った。できあがった原稿を抜きだしたとき、それはまさに砂だった。黒めがねの男がおれの肩を小突く。
 「きみはいい作家になれるよ」
 「ああ、おれはいい作家になるんだ」
 かれは砂丘を登っていく。おれは暮れる砂漠で、ばらばらに眠るひとたちを一瞥し、じぶんもひとりで眠った。大勢のなかで、たったひとりで眠ったんだ。そして目覚めたとき、砂漠は消え、黒めがねだけが残される。おれはおもわず、自身の心音を確かめた。そんな光景が確かにきのう、モニターに映写されたんだ。だというのにおれは幸福になれない。死んでしまった友人のために3つの詩を書き、詩集をかの女に捧げることにした。
 「文句があるなら、表でやれ!」
 老人がいった。おれはかれのなかにいた。
 「ここは男子禁制よ!」
 妊婦のなかでおれは道に迷っていた。
 「警官を呼ぶぞ!」
 金満政治家の家でおれは本を読んでいた。なぜ、これほどまでにまちがいながら、なおもおれはひとりなのかがわからなかった。もうすでに手遅れなのか。観念ばかりが噴射され、実感の隠ったものが書けなくなってきた。馬はいい。人間よりも美しい。ダートレースは土曜日の午后。4番の馬が3ハロンで追い抜いた。おれは額に指をやって、テレビを消した。テレビごと消した。なにしろ、鉛はなまえがないほうが都合が好いからな。そうやって感電したクラゲが鯨を夢見るのは騎士道精神に恥じる。だから乳母車まで共産主義者どもを轢き殺さねばならない。資本主義と金慾に塗装された車で、穢らわしいダンスをする若者たちと、手を組むためにはこうならなくちゃいけない。おれはスタジオで、おれの来歴をあらかた喋り終えると、あなたにむかって手をふった。
 「わたしはあなたが好きだ。冷蔵庫のように愛してる。イカサマに厭きてしまったので、もううそはつけない。わたしはあなたと****するために生まれたんだぜ?──さあ、勇気をだして、わたしにお金を送るのです。アルコールを送るのです。それがあなたの徳となるでしょう」
 ディレクターがいった。黒めがねをかけて。
 「ああ、ダメダメ。いまの一切カット!」
 そしておれに近づく。
 「でも、きみはいい作家になれるよ」
 「ああ、おれはいい作家になるんだ」
 かれは砂丘を登っていく。おれは暮れる砂漠で、ばらばらに眠るひとたちを一瞥し、じぶんもひとりで眠った。大勢のなかで、たったひとりで眠ったんだ。そして目覚めたとき、砂漠は消え、黒めがねだけが残される。おれはおもわず、自身の心音を確かめた。そんな光景が確かにきのう、モニターに映写されたんだ。だというのにおれは幸福になれない。死んでしまった友人のために3つの詩を書き、詩集をかの女に捧げることにした。なにかがまちがっているような気がする。でも、おれは気にしないことにした。酒が欲しい、酒が欲しい、酒が欲しい、酒が欲しい、酒が欲しい、でも、酒よりもホントは愛が欲しいんだよ。

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