みずから書き、みずから滅ぶってこと。

中田満帆 / a missing person's press による活動報告

ボール紙の犬と歌論

 

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 やまなみに融けるものみなすべて秋暮れてたちまち花かげもなく

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 一首詠んでみる。大したヴィジョンもサウンドもなく、即興で書く。考えて書かれたフレーズはせいぜい平仮名の「やまなみ」、そして「暮れてたちまち」ぐらいで、あとは勢いにませた。おれが短歌なんかを書き始めて16年になるも、やってることはあまり変化がない。ただ辞の破片を統べるイメージさえちゃんと定まっていれば、歌篇の題名だけでもちゃんとあればつくりつづけることができるというだけだ。おれには取り立てていう才能もなかったし、ただ勢いだけで歌をつくってきた。考えるのはビジョンとサウンドの辻褄を合わせるというだけで、それ以上のことはなにもない。
 おれは現代短歌の現場を知らない。シーンとはまったく繋がりなくつくってる。だからたまにその先端を見ると、じぶんがとんでもなく古めかしくおもえる。昔好みの歌みたいにおもえ、居心地がわるくなってしまう。少なくとも、じぶんのなかには俵万智以降のどの歌人ともリンクするところがなくて、まずいおもいがする。せいぜいのところ、ライトヴァースの走りであった、村木道彦や平井弘あたりぐらいで停止してて、あとは反対に古い歌人を読んでた。それも気まぐれな読み方ばかりで、精読とはほど遠かった。いったい、どこでまちがったのか、この形式にふれて長い時間が経ってしまった。去年にはとうとう1冊にまとめた。ところが反応はなく、せいぜいのところ福士りか氏というひとが「角川短歌」に数行割いてくれたぐらいだ。
 最近も「現代短歌」に送ってみたが、なにもない。評価される以前に読まれもしないのだから、おれとしてはどうしようもない。印刷で掏ったぶんをとりかえすために働くしかないわけだ。おれとしては三宮のロータリーからバスで岡場のハム工場への仕事に乗り込むしか宛てがなくなった。冷えた工場のなかで正月用の肉を箱詰めするというわけだ。バスは何色だろうか、どうせならおれは猪色のバスに乗って、工場にいきたい。そして帰りには暁色のバスに乗るんだろう、きっと。
 詩はみじかく、紙のむだにならないということでお手軽な形式でもある。それに短歌31音だ。左手さえあればつくることのできるものだ。乱れ飛ぶイメージの鳥を捕獲して、成形する。いちばんにサウンドを重視して、つぎにヴィジョンだ。へたな歌を聴きたいやつはいない。まずは音程を合わせることだ。それから視覚を確かにする。そうすればいいだけだ。ただ心のなかに浮かぶサウンドやヴィジョン、それ自体を生みだすのが、人生であり、おれたちが手にとる本や、音楽や、映画だったり、元素記号だったりする。でも、正直ここまで書いて来ても、おれには短歌について自信はない。なにか根拠になるような強い味方がいるわけじゃない。口語の世界しか知らないひとびとからすれば、おれの歌は素直とはいえないだろうし、友人からの手紙のように読むことはできないだろう。それなら、それでけっこう、扉を閉じて、隣の海運商事へいくといい。かれらはきみを雇ってくれるだろう。顎で使ってくれるだろう。
 あと半世紀もすれば読者が現れるのかも知れない。あらわれないのかも知れない。立派な聴衆を産むのは立派な作品だということばが有効であるかぎり、おれは書きつづけるしかなないだろうし、それをあちこちに放出しながら、暮らしていくしかしょうがない。短歌についていえるのは、それが陶酔を誘う形式だからこそ、醒めてつくる必要があるということだ。なんとなく、定型に収まったから、それでいいというわけにはいかない。定型であることの必要が、然るべき内容がいるということだ。骨のない口語の世界で、骨を以て肉に迫る短歌をおれは求める。決して共感や、わかりやすさと妥協はしない。生きることの一断面を見せながら、さ迷い、へどを嘔くなかで、そのへどさえも輝かしく見えるときが来るのを待ちながら、おれは短歌をつくる。
 でも、ほんとうのところ短歌についておれは熱量を持ってないし、片手間でつくってるのがほとんどだ。それなりの量をつくって、あとはできのわるいぶんを森忠明に省いてもらってるだけで、実際のところは余技でしかない。でもかれは「短歌こそが」といい、おれの小説も詩も否定してしまう。いまはずっと自己の内紛を感じてる。いったい、このゲームの主導者はどこのだれなんだ? だれがいまの流行を決めてて、選手を撰んでるんだ? おれはどうすれば表舞台に立てるのか? おれは寺山修司の孫弟子だというのに、かれのように早熟になれないのはどうしてか? かれのように舞台に立つことが赦されないのはどうしてなのか? 停滞は永遠か? 歴史だけしか救済できないのか? じぶんを「現代短歌の申し子」と自称する木下龍也はそれに見合うだけの歌を書いてるのか? 口語と日常に浸りすぎて、もはや歯ごたえのしなくなった表現に、世界の再魔術化は叶えられるのか? 伝わりやすさを撰ぶひとびとにとって短歌はけっきょくのところ、心の餓えを癒やすための道具に過ぎないのではないのか? すべての表現が慰撫行為に果てたとき、それはもはや意味を為さないのではないのか?――おれはゲームを投げだしてしまうべきなのかも知れない。ともかく疲れた。さんざ手を尽くしてるというのに、まったく、報われない。たしかにきのうきょうの評価を宛てにするのはあまりにも早まったことであるし、不幸しか呼ばないが、16年でこれでじゃあ、歌というものを心底嫌悪したくなる。詩にしろ、短歌にしろ、それによって自身を高めたというよりも、逃げ場をつくってしまったというのがおれの見立てだ。短歌に手をだすんじゃなかったともおもう。韻律の陶酔のなかで、おれもまたなにかを見喪って来たようにおもえるからだ。

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 黄金で舗装された道を歩くように、じぶんの栄光を実感しながらつくりたい。1首1首に手応えがあって、ごまかしの利かない世界をつくりたい。でも、それは世界と和解できない男の戯言のようで、またしてもありもしないものに寄りかかってるみたいな気分がする。深夜のコンビニエンス・ストアで炭酸水を買い、おもてへでる。冬はもうちかい。だというのにまともな防寒着も買えず、昏い室で腹を空かすばかり。なにもできることがないという事実。みそひともじによって分散されていく真夜中のおれが、黴の臭う蒲団で徒寝をくり返し、じぶんがたったひとりで生きていくしかないということをただただ噛みしめることしかできない。この16年、短歌によってどれだけのものを得たのかはわからない。むしろ、喪った側面こそ、じぶんにとって重要ななにかだったような気がして仕方ないのだ。

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