みずから書き、みずから滅ぶってこと。

中田満帆 / a missing person's press による活動報告

道路情報

 

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 午後12時、現在国道2号線はO公園の付近でバイクの単独事故が発生しました。負傷者は病院に搬送されたものの、意識はあり、右足首の骨折のみ。道路はすみやかに規制が解かれ、交通渋滞などの問題はありません。午後15時半、N交差点、西側にて自転車同士の正面衝突が発生、J方面へむかっていたとおもわれる、女性一名が頭部を激しく打ち、現在意識不明の重体です。午後15時50分、現在情報は入って来ておりません。午後16時20分、K高速3号線からH線へと合流する出口で、およそ2キロの渋滞。午後18時15分、渋滞は解消されず、H線への影響が強く、現在警戒処置が執られています。現場では迂回ルートの案内がされています。お気をつけください。午後19時26分、現在、I 川ICの料金所で車に乗っていた男性一名が職員に「金をだせ」と要求したのち、車に火を放って逃走。現在、消防がむかっていますが、現場は大変混乱しており、対応ができておりません。付近を通行される方々は、すみやかにルートを変更して、鮭の白子のように滑らかな肢体を曝けだしてくださいますようにお願いします。なお犯人と見られる男が、H本線で自動車を強奪し、ハマナスの唄を歌っていたという情報も入ってきております。海を見てます、泣いてます。みなさま、引きつづき警戒をお願いします。午後20時15、ただいまあたらしい情報はまだらになった鯨瞰図のうえを不規則に装甲、貨物トラックに偽装され、天火のなかであたらしい花を咲かせています。なのでH区への移動は困難となっており、夜長姫ともども、どうかほんとうに好きなら、奪うか、殺すかして欲しいとのことです。以上、道路情報局のツダ・カナエがお伝えしました。

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 強力なラジオ電波だった。男は車のなかでそれを操って警察無線を傍受してるといった。なにか愉しげだったが、おれには愉しくはない。O公園の炊きだしがあったからだ。そこにいくということは金がないってことで、ぎりぎりの極みで立ってるしかないってことだ。薄汚れた老人たちとかれらにとっての社会にまぎれ、おれは正体のわからない丼と汁物を受け取った。配色のボランティアとも、もはや顔なじみなってしまった。その手伝いに白人やイスラム人らしい少女と、日本人の少女たち、そして黒人の若者がいた。おれはなにかうしろめたいおもいで昼餉を喰って、その場所をあとにした。そうとも、このスタジオには仕切りがない。虚構が虚構であることを疑うに必要な通路がないだけなのだ。だからおれは梯子を登って、500階段を右折した。死体のような町、脂と蛆でぬめった地表を都市情報が網羅する。はじめてだったかも知れない相手と、占星術をするのにはとびきりの土地だった。虚構から抜けだしたところで、現実がうつくしくなるわけじゃないのは当然だ。センター街のまえで、たったひとりHIPHOPに興じる年老いた男、月齢2000光年の寂滅がドラッグストアの店頭で輝き、ひとの頭蓋のなかを照らしだしてゆく。いっぽん足の男が、置き忘れたもういっぽんに気づかずに、そのまま歩き去っていく。もしかれが歩く道が、黄金で舗装されてるとしたらどうだろう? きっとかれは飛びあがって、すべての道を愛撫しだすかも知れない。深夜のダイナーで忘れられた帽子がひとりごとを話すみたいに、宗教家や、政治団体の演説が始まった。かれらの警告をおれは聴かなかった。歩き去って、地下鉄に乗って、アパートへ帰るからだ。高級養老院のまえでうずくまる男がいる。猫を愛撫してる。おれは室に這入る。

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 午後21時50分、現在入っている情報をお伝えします。わたしは海をみています。そして料金所まえで放火を起こし、逃走していた犯人の男がK市西区の路上にて発見、逮捕されました。男は調べに対し、厚切りのハマチを要求したうえで、詩学に通じた、校閲官との接見を求めました。警察側はこれを拒否、しばらくは黙秘をつづけましたが、取調官にとってもはや叙情は過古や死でしかないという発言に折れ、"わたしが変なおじさんです"と供述したとのことです。男はその後も詳しい供述をつづけ、じぶんの黄金分割がうまくいかなかったことが、ジェット噴射の理由であるとも述べました。そしてカネコアヤノの「かみつきたい」の、最初の2行を17回口遊んだあと、留置施設の畳のうえで青く変色している状態で発見されたということです。午後23時15分、現在入っている情報をお伝えします。中央区I町のS交差点で、20分ほどまえ、数人の男がレインコートで車道に乱入、侵入を繰り返し、マリアンヌを奪っていきました。なまえを奪われたマリアンヌは電柱のうえを舞い、したたかな秋風にゆれ、北東へと飛び立った様子です。付近のみなさまはひきつづき、お気をつけください。なおレインコートはアルミ製で、100%リサイクルであったことが、N警察署の発表により、あきらかになっています。午前2時15分、現在入っている情報をお伝えします。鱒の釣果がいい季節になりました。わたしは去年30センチのものを釣り上げました。今年はどんなものでしょう。市内の全域に渡って純金が舗装されるとの発表が入ってきました。わたしたちは蛇口から流れだした水が、やがて血に変わることを信じて、あなたのなまえを呼びつづけます。

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 なぜだか、おれは怖くなって室を抜けだした。そして公衆電話のボックスに入って、助けを呼ぼうとした。でも、おれには友人もない、肉親もない、知っているのはじぶんの番号だけだった。42Fj631と口のなかで繰り返すのは膵臓に善くない。だれも通らない歩道、だれもいないコンビニエンス・ストアたち。夜なべて、あらゆるものが人名や固有名詞を喪う。だのにラジオはおれのなまえを呼びつづける。真昼の夢のように干割れた記憶の襞から、おれはおれでないものに変わってしまう。もしも電気冷蔵庫があるなら、おれはそのなかで眠りたい。口唇期からはじまったおれのすべての災厄を、永遠になだめてくれる、慰めてくれる触媒が欲しい。詩は眠る。けもののように眠る。おれは黙って暁まで歩きつづけた。海が現れた。陸地との接触点を長距離ランナーたちが走り過ぎてゆく。繋留船の常夜灯に照らされた、小さな街区の果てで、おれはさっきまで聴いてた声がけっきょくは内なるものに過ぎず、どんな事故も、事件もなく、そして警告も、驚きもないなかで、夜があけて、朝になって、花びらが散って、雨になって、秋が更けて、冬が来て、やがてすべてが虚構のなかの虚構であったことを少しばかり懐かしみながら、手のひらや足の裏に残る感触をさすって、いつか、このすべてをこのままに懐いだそうって、考えるのはばかげた感傷だろうか。おれは立ちあがってもとの場所に帰った。そして夢を見ながら、夢のなかで、"アメリカ"という失踪してしまった、むかしの同級生たちを追いかけていった。

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