山河ゆく背嚢ひとりたずさえて故国の春に咲かんとす
花薺みどりの恐怖訪れてわれを招くは青い戦車か
失える鍵よみずから沈みゆくさらば春の日――葉桜並木
サンドバッグが死体のように横たわるボクサー地獄のほとりの水よ
ソーダ水弾けてひとり地にかけりわれの固有のおもいなんぞを
みどかどらのいやしい笑い隣家にて老夫妻の竈の夕餉
姉ひとり憎みてひとり夜は水のよう打ち寄せ足を濡らすときがあって
ひとひらの絵葉書ありて群れたちの不在のなかにわれも存るかな
夜なべしてふくらむ鍋よ仰臥するわれのまなこに光る水無月
まびきする農夫の右手見えざりし一瞬にわれ神を見ず
過ぐるのみわれもはやいずこにもなくただ撫ぜる熱い胸筋
愛知らぬわが胸寂し花束を土に葬る代理の世界
踏む土地の草木図鑑ひらくごと鰥夫のわれを解き放つなり