みずから書き、みずから滅ぶってこと。

中田満帆 / a missing person's press による活動報告

不眠(2009)

 

 ふけてゆく夜
 のうちがわ
 おれという犬のくそ
 のような叡智にはかならず
 休息の欲しいときがある
 しかしろくでもないものが宿った左の手
 をもちいていくら電話の古く黄ばんだ
 回転式ダイアルをまわしても
 通じた回線をむこうにおれの欲しい眠り
 について註文がとられても
 その配送係はいっこうに魂しいの戸口に現れない
 かれらはこのおれを灯のもとにゐかためて
 なんの良心をも動かさないばかりか
 もとよりそれをもっていない
 なんと
 あたまの
 いかれたひとたちだろうか
 煙のようにみせておれのいらだちが
 室のなかに充ち
 けっきょくはまた
 通話の路次へひかえす
 ひきかえさねばならない
 それでも聴こえてくるのは
 半音高いところにおきざりにされ
 付点を加えられてしまった
 とてつもなくあわれで
 うつろなソの音だ
 その音は終わり
 を告示されることのない
 昏い下水道の鉛管によく似てる
 そんなもののためにおれのなかの詩
 神どもはますます起立を高め
 あたらしい愚行の吉報を奏でる
 おれはいらだちを抑えるべくズボン
 のまえを大きくひらいた
 とりあえずあほうの
 一つ覚えのように
 かわいいと
 褒めやかされる
 こぎれいな女ども
 そこへ完なる言語の
 辱めを衣にまとわせて
 おれのふくらみきった温い
 かたまりをそのおもざしにもっていき
 その在り方がみてくれだけの
 いつわりでしかないことに
 気づかせてさしあげる
 楽しくむなしいたわむれ
 に泪や洟が流れても
 おれは非情さをして魂しい
 に哄笑をたたきだす
 しかしこれも
 わずかなあいま
 いまだ註文はとどかない 
 しかたなく枕元を彩っている
 およそ九万の書物をひも解き
 じっくりと味を舌(ミ)てやる
 日本語を解き放ち
 英文を素読
 あらゆる時代の
 書き手の顔面や内部
 をもっとも深いところから
 腐らせてさしあげる
 日の本の国においていま
 いちばん温い詩の生産法で
 おれの方舟だ
 澱みない欲望が
 おれを言の葉へ
 その育みへ
 かりたててやまない
 手をとめてしまい
 あまつさえつまらせて
 しまったものは都市のうらがわ
 に放りだされたdustboxへみずから
 を棄ててしまうがいいぜ
 きれいなだけを無難なだけを
 取り柄とするぷちぴかな思考の
 詩にはおれがくそをまみれさせて
 息をするかばねとして曝されろ
 おれはとんでもないあほうだ
 こんなことを書いたって
 どうにもならないのはわかっている
 おれの休神は叶いそうもない
 おそらく百人以上の配送係たち
 はまるでたわごとのような原動機付
 自転車にまわがりながら夜の深化
 されるなか自動車道路の土瀝青を寝台にして
 あるいは住宅地の歩道を破壊しながら
 またはばからしさを極めた
 ペニーアーケードの店先
 で若さというろくでもない
 ものをただひとつの拠りどころ
 に見等狂いの位置でばらばらに砕け
 散ってぷるぴるとみずからの内部から
 両の目を閉ざそうとしているのだろうぜ
 おれは唇ちへ珈琲を流し込んでは
 眠りというものをあきらめる
 そして熟れはじめの果実
 そっくりな詩をノート
 のうえに刻みはじめ
 果汁まみれの手が
 さまざまなところに
 はびこってやまない痴れもの
 には解き明かせないだろう
 未明のまぼろしを映す
 おれはおれ以外のやつらを
 おれの肛門でふさぎ
 孤立しきった夜へ
 天使どものすてきな臀部を送りだしてゆく
 さほど遠くない路上から
 煙や火のでそうな消防車が
 赤くあかく駈けていった
 おやおやまたも愉快な野外劇が
 祝祭を彩っているみたいだね
 どうせ燃えていくなら表情
 豊かなご家庭が望ましい
 おれはおれに吐き気を
 催しながら窓を見た
 明日は雨が降る
 そのむこうは
 冬の季だ
 あの色彩にはいつだって手心というものがない