みずから書き、みずから滅ぶってこと。

中田満帆 / a missing person's press による活動報告

裏庭日記/孤独のわけまえ〈11〉終

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   *

 青森から東京へもどった。早朝、コンビニの便所を借りる。おなじバスの女の子が尿意を堪えて待ってた。足踏みしてる。もう少しすれば洩らしたかも知れない。まったく、かわいいぜ。そこでまたも佐藤青年の室で泊めてもらった。かれと合流したとき、しこたまに酔ってておれはふらふらだった。からだはあちこち痛んでるし、痛み止めは暑さで溶けてしまってた。夕暮れ、新宿だか、どっかの公園で寝てるとき、電話があった。若い女詩人ちんすこうりなからだった。なにを喋ったのかは憶えてない。半分眠ったまま応えた。そこへ裏庭文庫の佐藤青年。──なにやってるんですか?──そういわれてしまった。かれの誘いで飯を喰うことになったものの、もう喰えなかった。喫茶店で話し、銭湯へいったあと、かれの室に泊めてもらったんだ。おれは疲れ切ってた。ひどい腓返りを起しながら、中野からふたたび上野へ。そこから新潟は直江津を目指す。夕方まえに着くも美佐島へいく電車をいっぽん乗り過ごしてしまった。
 この旅の目的は、そもそもシェアハウス、ギルドハウス十日町へいくためだった。移住の下見をするつもりだった。もはや神戸の都市生活に辟易してたし、気分を落ち着けて暮せる拠点が必要だった。いわゆる限界集落というやつなのか、ひとはほとんどいない。ギルドハウスの住人にはわたしが会ったうちで、7人ぐらい。あとは出稼ぎにいってると聞く。共同生活のなか、夕餉はみんなでつくる。おれは味噌汁ばかり。とりあえず、6日滞在することにした。みんな若かった。馴染む自信がない。ひとりだけ白鬚の老夫がいたが、あとは20代、30代だった。相手に快くおもわれるにはどうしたらいいかをよく知ってるひとびとばかりだった。いささか気後れした。あるとき、濱野という女の子が梅酒をおれにわけてくれ、一緒に呑んだ。かの女はかつてラジオ・パーソナリティをやってたという。おれには冗談のひとつもいえなかった。それにほんとうに移住するには、アパートの荷物や、仕事や創作をどうするかが大きなネックになった。引越しの費用だけで数万はかかる。そこへ衣服や免許、ラップトップやなんかが圧し掛かる。さて、どうしたものか。ハウスの本棚にあった手塚治虫の「アドルフに告ぐ」を読み、考える。やはりしばらくは、神戸で働くしかない。バーベキューをしたりして6日間を過ごした。直江津駅から大阪梅田へ。カーテン厳守の、息苦しいバスに乗って帰路に就いた。いい加減、神戸の町をでてみたかった。でもおれには物が多すぎたし、蓄えもない。とにかく身動きがとれなかった。おなじところにずっといるのは苦しい。おれはずっと放浪してきたし、いまさらずっとおなじ場所で生きられるとはおもえなかった。いまの土地に着いてもう7年が経ってる。ろくでもないことばかりだった。多くのものを傷つけて来たし、多くのものに傷ついて来た。そんなやりとりはもう沢山だ。どっかの山邊の小さな家で静かに暮らしたかった。でも、そのいっぽうでひとと出会い、触れあいたかった。仕事をするなり、ひとの集まるところで活動するなり、転換がいる。それでもうごけずにいた。帰って来て旅日記をまとめた。そいつをブログに放り投げ、あたらしい仕事を探した。
 週末はいつも映画を5本観て、感想を書き、通りを歩いた。地下街には素敵な女の子がいた。地下鉄には素敵な女の子がいた。センター街には素敵な女の子がいた。どこへいってもかの女たちがいた。燃えつきた地図を抱え、さ迷うみたいに、おれは歩き、かの女たちを決して視るまいとした。かの女たちを不快がらせまいとした。けれどそうした抑圧は役には立たず、どうしてもおれは視てしまう。そして苦い嫌悪をみずからに科してまぎらわせた。

   * 
 乱高下する切り株のなかで
 羽根をもがれ
 声を喪ったけものが休憩してる

 ちょっと待った、ぼくが書こうとしてるのは、
 そんなけものの生態ではなく、
 魂しいなんだ

 またいつかつづきを書くから、
 タイムマシンに乗って待っててくれないか?

                           18/06/09

    *

 だれにもなりたくはなかった。おれはおれになりたかった。おれは手当たり次第に求人に当たった。寮のある求人だ。でもどこもだめだった。工場勤務は、超過勤務と過剰労働なしには成り立たない。まるで経営者がみずから無能であると告白してるようなものじゃないか。また深江浜や西灘の倉庫で働いた。消耗しただけ。あるとき、出屋敷で仕事があった。その帰途、おれは、おれの本籍地へいってみた。そこは父の建てた祖母の家であり、店であり、叔父の家だ。もうだれも棲んでない。叔父は数年まえに心臓発作を起し、それからは実の母と暮らしてるといった。崩壊寸前だった家屋を直してる途中らしい。そういえば父はゲスト・ハウスをやるつもりだとひと伝てに知った。でも廃材らしいアルミサッシや、ステンレスの扉は、とてもまともな旅行者が来るような外観じゃない。西成のどやと変わらない。いや、それよりもひどい。やつはやはり建築様式すら解してない。でたらめだ。雇われるものとして生きた父の最后の夢はなんとも惨めなものだった。技術も知識もなにもかも、美点があってこそのものだ。美意識は金で買えないところにある。おれはそいつを写真に撮って始発へ乗った。家系の呪縛から目醒なかった男、父を殺せなかった男、雨が降り始めた。父について、もはやなにもいうまい。
 おれは喰いつめて尼崎の飯場に潜りこんだ。でもけっきょく仕事にならなかった。半日でやめ、べつの建設会社へいく。そこで飯を喰うと、歩いてアパートまで帰った。線路沿いをずっと歩いて。おれは遠まわりになって、けっきょく7時間もかかった。きびしい晩夏だ。おれは京都で知り合った造園業にも応募した。枚方までいって、そこの飯場に、かつて入ったのを懐いだした。室もおなじで、壁には懐かしい柚木ティナの、ヌード・ポスターが貼ってある。デビュー当初は好きだった女優だ。おれは黙って駅にもどり、アパートへ帰った。

    *

 12月、空調整備の仕事をみつけた。貿易センターの隣だ。おれは初仕事、なんともなく過ごした。でも手持ちがなくて昼餉の金を建て替えてもらった。そして2日め、休んでしまった。そしていい態度をとれなかった。あっというまに終わった。派遣元のビジネスサポート・ヤマトは、昼食代、制服の洗濯代とその送料で4千円もおれから毟った。救いようのないけつの穴。そして年の終わり、入院した。有馬高原病院へ。室にいるのもいやだったからだ。主治医の女の子はおれの理想、そのものだった。仰木舞衣先生。ここにいればかの女と、友だちになれるかも知れない。けれどもまたほかの患者を見て落ち込み、退屈に厭いた。ボルタレンを観ているまえで入れろ、という看護人のばかさにも勘弁だ。主治医に詩集を渡して、おれは2日めに無断退院して室に帰った。病院から電話があった。
   ナカタさん、病院にもどる意志はありますか?
  いいえ。
   わかりました。
   今後どのようなことになっても入院はお断りさせていただきます。
 室には喰いものも、呑むものもない。そして仕事もない。かつては受かったようなものでさえ、年齢と職歴と体力でだめだ。それに口入れ屋に上前を刎ねられるのも、たまらなかった。まともな職を得ようと、求人票を刷って紹介状を書いてもらった。さんざん書類審査に落ち零れて、やはりじぶんの仕事をするべきだと悟った。いちどでも落ち零れたものには道はない。一年が終わった。けっきょくほうぼうをうろついただけで、ろくなことじゃなかった。喰い扶持すらも持てず、あたりをうろうろとしてる。そして被害妄想に駈られる。また過古の怒りを蘇らせて拳を握る。なにもかも遠ざかる。なにもかもが手に届かない。終わりの始めみたいなものを感じながら、時間が過ぎるのをただただ待つだけになった。いったい、いつになれば作家になって女をものにし、自己実現の生活を暮らせるのか。そればかりあたまにあった。でも、おれはなにも書かなかった。書けなかった。表現できうるものはなにひとつなく、ただちゃちな詩ばかりが脳内を駈けめぐった。こんなつもりじゃなかった。ほんとうならいまごろ、おれは作家になってて、画家になってて、音楽家になってるはずだのに。あこがれてた女の子たちと再会を果たし、愉しい日々を送ってるはずなのに、こんな場末で腹を空かしてるばかりだ。「今度こそ」とだれかがいう。おれのあたまのなかでだれかがいつもいつもいつでも、そうくり返しているんだ。

    *

 自裁にも失敗した。ガスの苦しさで、かぶってる袋をやぶいてしまった。ガスはぜんぶ流れた。7千もしたのに。カフェイン錠もだめだった。ぜんぶ嘔いてしまった。生きるほかに道はないってことだった。過古は遠ざかり、おれは齢をとっていく。できることはじぶんの世界を、この現実ぶつけることだ。肉親とはもうかかわらない。最后に母と会ったとき。祖母が病床と聞いた。母は、いまだおれが画家になるのを望んでた。本音かどうかはわからない。滅びつつある家族という檻、もう終わったんだ。みんなもう他人でしかない。これ幸いなりとおれはかぼやき、夜が更ける。水みたいにことばは迸る。そいつを書き留めることに躍起になる。だれかに赦しを乞う必要もない。おれには文藝があって、絵があって、音楽がある。やがて日付が変わって、世界がまたあたらしくなる。もちろん、淋しいときもある。週末になんの予定もなく、ただただ作品を書いてると、まったくじぶんが用なしみたいに感じる。そしてまたしても夜。もう波河からも、今宮先生からも、メールの返事は来ない。もう1年が経つ。おれはまさしくペストだ。かれらみたいにきれいなことはいえない。建前のなかで暮らし、やがてどっかに消えちまうのはご免だ。仕方ないことだ、もはや憾む気にもなれない。ほんものの魂しいをもった男やら女やらに出会したいとおもう。贋者はもういい、へたな芝居はやめてくれと。かの女は、──友衣子は、最初からおれをきらってた。たったそれだけ気づくのに20年もかかってしまった。なんて鈍いんだ。ひとびとはみな珍しいけものを見つけたのとおなじく、おれに声をかける、そして笑顔を見せる。そう、たったそれだけのことなんだ。そんなたやすい事実に気づけなかった。おれは上っつらのつながりも、贋者の友人も、たくさんだ。いまじゃ、みんなが示し合わせたみたいにおれを黙殺してる。かつて教室のなか、みんな無視されたのをおもいだす。あのときとなにも変わっちゃないのかとおもう。だれもかも、みずからの悪意や敵意に気づかない、解さない。なぜ自身がそう存るのか、考えようともしない。でも、それをいってどうなる?──おれは醜態を曝して来たし、はじめから棲む世界もちがう。ただ贋者に苦しむのはもういやだ。多くを望むつもりはない。魂しいが静かになったいま、見せかけのやさしさや、情けにやられ、悩み、傷み、とり憑かれたくない。
 おれは気ぶっせいな男で、もう34が近いというのにひとりぼっちだ。いままでにやらかしたことのほとんどをおもいだせる。どれもひどすぎる。いつも酒に酔ってた。おれは徳義というものを知らなければならない、持たなければならない。手に入れたい。けっきょくかれらかの女らにしてやれるのは別離のみ。きょうも長い道をバスにゆられてきた。またも不採用の決定、酔う口実ができただけだ。たやすいはずの雑役人にすらなれず、停留所に降りると莨に火をつけた。からかうような警笛と信号でいっぱいの通りを北へ急ぎ、酒屋のまえに来る。ややためらって扉をあける、お気に入りの1本を求める。それがよくないのはわかってる、ただそれ以上のものが、この世界にはなかった。河上から流れる寒気が喜ばしくおもえる。ラブホテルの灯。タイムズの駐車場脇で、たったひとり、わが同類が歌を唄ってる。かれに水を、とびきり冷たい水をかけてやれ。かれのソフトにかけてやれ。そうすればきっとおまえの気は晴れるだろうから。
 過古への郷愁がつよすぎるのだろうよ。いつか読んだ本のなかで、《孤独であることも、おそらくはなんの誇りにもありえまい。孤独であることによって自分を甘やかしてみても、そういう慰めは永つづきしない。孤独者はふたたび全体への復帰を求めずにはいられなくなるのだ》──福田恆存だ。おれがまさにそんなていたらく。おれはその存在を孤立のなかに、疎外したものたちによって受け入れられたがってた。けれどいまさら、どこのだれも声をかけてくれはしない。たとえ作品がたしかであってでも。おれはあたらしい出会いへむけて書く。それが幻想でしかないにしても。酒を持ってアパートの階を上った。3階のおれの室へ。だれもない室で呑む。かつてある女がいった、──「なにもかも、あなたのせいじゃない」と。そうかも知れない。いっぽう、ある男がいった、──「甘ったれずに働いて汗を搔け」と。どっちが正しいのか、いずれかがまちがってるのか。そんなはずはない。どっらも正しい。けれど最后の審判をくだすのはおれ自身だ。じぶんで始末をつけなければならない。たしかにおれは甘えてた。ひとと通じあえない自身に、あるいは、なにも信じられない自身に。でもいまちがう。おれのつくったものを愉しんでくれるひとや、おれを支えてくれる痴聖たちがいる。かれらかの女らには感謝しかない。おれだって好かれたい、受け入れられたい、おれはようやくにして自身を受け入れてる。たとえ醜く、愚かであっても。ここまでいって、もはや他人のやり口をとやかくするいわれはなくなった。他人にいわれる筋合いもなくなった。さようなら、友人になれなかった男たち。さようなら、恋人になれなかった女たち。もう自身を系図や体系、あるいはほかのなにかと、いちいち結びつけて考え、苛むのはやめよう。そんなふうにやってもみずからを追いつめ、病気になってしまうだけだ。歴史のなかにいようとも、おれはおれでしかない。それに最后には死がある。栄光も未来のないまま、血みどろのむくろになる。禄な死に方はしないだろう。でも、そいつを知ってるからこそ生きていける。終わりをなんとなくわかってるから、なにかをはじめられる。でも、これは苦しまぎれの虚勢みたいにだらしのない考えだ。ほんとうはこんなもんじゃない。怒りや、羞恥があたまをもたげ、それを打ち消そうとあがきつづけてる。
 通りを歩けば、女の子たちはきれいだ。でも、おれはだれの愛にもあずかれない、それもわかってるのに熱のこもった眼をむけてしまう。おれは穢らわしい。薄い胸板と、肉のついた腹を抱え、通りや、地下鉄の車輌や、坂や、路次で、商店で、かわいい子を見つけてしまう。そして嘔き気を催す。きみたちにとってはたやすいことだろう、だれとどう距離をとるか、眼を合わすかなんて。そんなこと考えないで、無防備なまま浮かれてる。でも、このおれが通りをさ迷い、どこになにを求めても、もはや意味がない。「汚れた血」のアレックスみたいに一方通行なおもいだけが沈黙のなかを歩く。そしてくり返す。疾走する自動車、広がる草地、追って来るバイク、最愛のひと、それらなにもかもを突き破って。
   ああ、飛行機に乗るんだ。
   ああ、飛行機に乗るんだ。
 たぶん、おれはおれを笑うべきなんだろう。もうずっと笑ってない。ルーマニアの狼狂なら、こういって笑うかも知れない。──人生に失敗して才能の裏づけもないままに詩を書き、さもなくば愛にも、野心にも、社会にも背を向ける。そして、その断念を復讐せずにはいられないと。──おれの書いたものはみな復讐だ。ゆえにだれかの愛語を求めずにはいられなかった。けれどそれも終わりだ。そんなものは手には入らない。そんなものを求めたってさらに淋しくなるだけだ。おれはじぶんでもわからないものを夢見て生きる。不可能な夢のなかを飛ぶ。おれはいまだにじぶんがなにものかになれるっておもいこんでるんだ。ほんとなににもなれず、たださ迷ってるだけなのに。おれは絵を描いてきた、詩や小説を書いてきた、短歌をつくりもした、音楽を奏でもした。それでも、そのなかからたったひとつの大事なものを見つけることできないでいる。だからいつまで経ってもおれの時間は現在にしかない、あるいは過古にしかない。未来というものがどこにも見当たらないんだ。荷役人でも皿洗いでもかまわない。おれはおれの人生を納得させられるだけのものを求めてるんだ。自我をいま地位がひきずり落とそうとしてるのがわかった。そのまま寝床に降りて朝を待つことにした。もはや、だれだって攻撃するに値いしない。けっきょくは《神のみ》なのだ。窓のむこうで雪が降ってる。養老院もなにもかもが濡れそぼつ。路次で貨物トラックがぶかっこうな音を発てる。音楽。タイヤが路肩を擦り、ギヤが呻く。足許からせり上がってくる。人生。もはや、かつてのようにひとに咬みつくこともない。ただ遠ざかるだけのものにどうしてこれほどのことばや、おもいが必要なのか。夜が更けるばっかりだ。おれは忘れることができなかった。いままで出会ったすべてのものを。それがどうしてなのか、わからないまま。ぜんぶがぜんぶ、くだらないしがみつきでしかないとおもいながら。やがてトラックが動きだした。大通りにむかってロウで撥ねる。音楽。その勢いに乗って、おれはものを書きつづける。それしかない。いつかもっと、よりよいものを書くために。音楽が止む。スタックしたらしい。書く手がとまる。おれは大きな愛の夢のなかでたったひとり暮らしてる。来るときは遠慮なんかいらない。秘密のノックをくれりゃいい。おれはいつもここで待ってるから。いつかおれを懐いだして、あるいはこの本を懐いだして。そうすればきっときみになにかしてやれるかも知れない。
 眠れない夜、よく歩いて生田川上流までいく。冷たく、昏い街区の果てに長距離バスの発着場がある。新神戸駅がある。2月のかぜのなか、遠くで警笛が鳴る。車と車とのあいまを若い男が走ってた。黄色いヤッケが灯しにゆれて、かれは鮮やかな逃亡を見せる。長距離走者になるべくかれは毎晩走ってた。おれはそれを知ってる。

     *

 アルコールと恋に怯(おそ)れて、単式蒸留器が月へと飛ぶ夢を見る
 電話代は気にするな、ぼくがぜんぶ払うから

 きみの声が聴けるだけでもうれしい、それがぜんぶだれかのモノマネでも
 だれかのスタンド・インになるためにぼくは神戸の港から黒い海へ飛び込む

 灯台守が眠る、やがて死んだぼくを発見するまで
 冷たい月がこっちを見てる

                           18/02/21
    *

 しばらして、わたしは立ち上がる。そして歩いてロージーの宿までいく。かの女はハンクと笑ってる。なにを話してるのかは、どうやっても聞えない。おれはあきらめてじぶんの車まで歩く。そして乗り込む。少しばかり凍てついてはいたが、エンジンはかかる。しばらく空ぶかしをして温めたあと、わたしは本来の予定に立ち返り、「ザ・ヴィレッジ」までいくことにした。あさっての昼までにたどりつければいい。村を走る。いろんな人間がみじかいあいだに死んでしまってる。ビルもYもfiveも、スコフスキイも三下どもも、滝田も、そしてもちろん、わたしも。中心街を抜け、ハイウェイに入った。路肩にはヒッチ・ハイカーもいる。この寒いのにだ。ばかなやつらだ。そうおもったとき、ひとりの男に眼を奪われる。滝田だ。胸の血が生々しい。乾き切っていない。わたしは車をとめて、手をふる。やつは嬉しそうに走って来る。やつのブーツがいい音を発てる。──どうしてこんなところにいるんだ?
   実は、おれにもわからないんだ、
   でも、おまえさんが来るってことはなんとなくわかったよ。
  話は走りながらしようぜ、つぎは「ザ・ヴィレッジ」だ!
   よしきた!
 わたしたちは久しぶりに話した。大いに笑った。そして旅はまだつづいてる。わたしたちにはギターとドラムがあるみたいに、あの女には麻薬と男があるということだ。上空に輝く冬の月。菊正宗を呑みたくなった。白泉の句を懐いだす。どっかにあるだろうか。わたしはだれも悼んでなんかいない。ただひとりの仲間を愛するだけだ。わたしの胸もまだ乾き切っていない。血は、それそのものが道であり、標べだ。どこから来て、どこへ帰っていくかなんて大したことじゃない。流れや標べに愚直に従い、たまには裏を掻いてやること。たった、それだけのものなのだ。

   * 

 長いわかれのうちに
 やがて互いのものを失ってしまう
 離陸する機影を握りしめて
 きみやかの女をすり抜けてしまう
 政治なんか語りたくもない
 人間の話しがしたい
 
 かつてある詩人がいった
 「ぼくはきみであって、きみはぼくでもあるんだ」って。
 ぼくは鉄道に乗ってべつの町へ去る
 進行方向とは反対の座席にゆられ、
 やがて季節は春になっていく

                       18/03/02

   *