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火を燈し六角星のぬばたまに攫われていくパレスチナかな
日本語の律いっせいに狂いたる夏の匂いの向日葵畑
雲射抜く機体を見あげ一滴の汗する望郷詩篇の書
更ける夜の公衆電話一頭の鯨夢見ん声また声
流民との交信中なりゆびさきを幾千まえの座標に合わせ
スローガン充ちたる町よ最愛のひとを殺せといつ叫ぶのか
主人公不在のままに幕を閉ず栄光という二字の引力
別離への餞たればいちまいの債務証書をきみに送らん
春の野の老いたるけもの妻なきを受け入れて猶遠くをば見ぬ
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野べに立つ男のなかに木立あり眼を突き破り青葉繁らぬ
河面照る男のひとり飛び込んで慰めとなれ處女塚の碑
銃眼のまれなる色に染められしアメリカ大陸地図の滴り
少年というけものに抱かれ溺死せし子猫の骸──あすは月曜
裁かるるわれの一生市場にて売れ損ないの烙印を待つ
砂漠とは渇く魂しい砂色の女がひとり佇んでゐる
星を見る郵便飛行、いちまいの葉書を月へ届けておくれ
鈍色の都市間鉄道運ばるるひとのかたちにされた犬たち
椿とは女の化身惑星を滅ぼしながら旅をつづける
つれずれを星月夜にてしたためるゆくあてのない過古のきみなぞ
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綴織──陽に曝されてひるがえる一瞬にただきみが笑った
教会の鐘に覚醒めし真昼時わずかなるも幸運をおもう
雨季ちかき──傘を求めて短夜の裏階段を上る騎手たち
かつてぼくは馬と戯れ、いまは馬肉を喰ってる、春
ナスガママ、アルガママにてユニゾンする偶然のたしかな谺
ひとの世へ繋がる星を追いかけて通信を断つ夢の涯てまで
かのひとを恋うる夢から醒めしただくらがりのなか両の眼をひらく
この土地を追い放たれよみずからに旅の鞄を課す夏祭
道すがらサイドミラーに映りたる狐火にただ焼かれてみたい
燕麦のスープ一匙ぼくは呑み知らない星の地上へ降りる
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時を追う針にむかってぼくだけの無意味が充つる鞍頭かな
天体をかすめて落つる衛星の望郷にみな焼かれてしまえ
さようならかつてのものに眼差しをたとえば人間未満のぼく
死地駈ける花に充たされながらいま天体図鑑静かに燃ゆる
鉄を打つ建築現場人足の行方知れずのまなこの幾多よ
わがうちの血の争いや謂れなき土地の彼方へ消えてゆくのみ
莨火のなかに仄かな国生みの伝えをおもい巌転がる
ストリップ小屋に降りたり石女の尊の顔の淋しさの果て
天の襞──経験というまぼろしを笑うがごとく日は暮れてにけり
政治との別れよわれの萌葱色本藍色のかげが失せゆく
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