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やまゆりの花をおもって晩秋のひとつの枝を手折る雛菊
月光に寄りそうわずか羞ぢらいのおもざしをするかのひとのかげ
ぽっかりと月がでたならドライヴへ走ってしまいたいなぼくのハイウェイ
蟹歩く月面見んと背伸びして季節外れの風鈴をわる
やがて来る雪のてっぽう色とりどりのからすのなかをかけめぐるらしい
ひるがえる暗闇坂のももんがよ霧のなかにて変化されたし
みずうみの水また水を掻きわけて荒れ野へ帰る水死人たち
抱きしめたい──ひとりつぶやくぬばたまの潴に立ついっぴきのぼく
夜ふけてはソフトの裏地うらがえす裏番外地の赤犬の唄
土塊を弄びたる幼子のごとくにひとりだれ待ちながら
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給油所の恋人たちのなかに立つうすくれないの月の水牛
悪霊もなき庭淋し中毒の果ての月より明るくなれば
鳥籠にセルロイドの鳥を飼うかつてのぼくを取りもどすため
影絵にて浮かぶ月光高らかな声をしながら消ゆるあかとき
暮れる秋ベールの女庭に見しわれが発狂するを夢に見ました
煙突のけむりのうえを遊んでる月いっぴきの青い晩秋
黄葉散る夜明けを走者過ぐままに老いてゆきたしわが中年よ
喩えればマーキー・ムーン昇る夜 手のひらにただそれを乗せたい
ぼくはただ待っているのだ在りし日のヒットソングが沈む満潮
もはやわが家なし──中空にひとり階を昇るときを待つ
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愚者の舟ひとり揺られてたどり着くだれも知らない町の波止場よ
十二気筒のエンジン連れて夜急ぐ若人たちの音楽の墓
波果つるつかのま凪のなかに存り灯台守の飛べる音聴く
遠ざかるおもかげばかりいっぽんの造花を投げてなよならとなれ
つきかげの淡き地平に横たわり青年という一語を棄つる
たわむれて樹氷のかげに頬寄せるきみのいたずらっぽい仕草が好きだ
時間という標べのなかに立ち尽くし晩秋の夜を味わっている
きみのいない夜ふけの廚にて麺麭を焼く竈の熾きのなかのまぼろし
月面に賛歌を贈るふたすじのなみだの蹟を愛おしみ
懐かしき「月夜のドライヴ1998」を聴きながらひとり月をさ迷う
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