みずから書き、みずから滅ぶってこと。

中田満帆 / a missing person's press による活動報告

ブコウスキー「モノマネ鳥よ、おれの幸運を願え」1972年

チャールズ・ブコウスキー「モノマネ鳥よ、おれの幸運を願え」1972年

Charles Bukowski "Mockingbird Wish Me Lock" - 1972 Block Sparrow Press

 

モノマネ鳥よ、おれの幸運を願え (ブコウスキー詩集)

モノマネ鳥よ、おれの幸運を願え (ブコウスキー詩集)

 

 

 詩のおもしろさ、愉しみといったものをどう捉えるかで、詩の読み方や、書き方ってものは変わっていく。日常語を踏み外す快楽、でたらめに語る快楽、売人を数える快楽やなんか。

 おれがこの詩集をはじめて手に入れたのは25歳のころだ。おれは愛隣地区にある病院、──社会医療センター附属病院に入院していた。膵臓炎にかかってだ。医者からは外出禁止を言渡され、退屈していた。そんなとき看護婦に頼んで買って来てもらったのがこの本だった。ひどい不眠症と情緒不安を抱え、毎日を過ごしてた。はじめてこの本を読んだとき、「おれにはとても合わない本だ」とおもった。それでも読むうちに馴染んで、あるとき、「なにもかもが理解できた」気になった。

 ブコウスキーの詩は日本で受けがわるいのだろう。大して翻訳されてない。一過性のブームよろしく小説も読み尽くされて、その主要作ですら手に入らない。たとえば「Love Is a Dog From Hell」、たとえば「The Days Run Away Like Wild horses over the hills」なんか。翻訳されている2冊の詩集は、いずれも評伝によれば寄せ集めの作品というわけだ。

 ブコウスキーの作品は反文学と称されることもしばしばで、この詩集に収められている詩篇も文学らしい読みや位置づけ、文脈と行ったものを巧妙に避けている作品が目立つ。しかしそのいっぽうで文学をつよく意識した詩句も又多くある。

 

詩よ、おまえはだれのところへも出かけその男を

置き去りにする娼婦だ… …(「詩」部分)

 

 一見して文学というものからもっとも遠いことを詠いながら確信に迫るというスタイルをブコウスキーは採る。日常のささやか情景やおもいから表現行為や人間の心理といったものに迫っていく。

 この詩集では「二十五ページのパンフレット」、「ごみ収集人」、「空の豚」、「モノマネ鳥」、「鼡」、「詩」が白眉だ。もしこれらの詩のよさがわかるなら、あんたはハンクの作品とうまくやっていけるだろう。ユリイカの増頁特集を買うのもいい。

 

おれ? おれは三十歳となった、

町は四倍から五倍の大きさになった

しかし腐ってる

そして女の子たちはいまでもおれの影に

唾を吐く、別の戦争が別の理由で

起りつつある、そしておれはかつて仕事にありつけなかったと同じ理由で

いまもほとんど仕事につけない

おれはなにも知らない、おれはなにも

できない。(「鼡」部分)

 

 おれは病院で詩集を読みながら嫌悪や辛辣さがもっとも重要で、もっとも欠けているものだとおもいこんだ。あるとき新聞広告を見ながら詩を書き、それを「広告」と題した。いまおもえばひどい誤りだった。おれはみずからを苛みつづけ、また酒を呑んだ。その酔いが覚めるまでけっきょく8年もかかってしまった。

 あのころ書いた詩はもはや手元にはない。今年のいつだったか、文藝同人を主宰する青年に紙のファイルごと渡した。いまさら読み返したいとも、改作したいともおもわない。古傷みたいな詩篇にできることはなにもなかった。

 この詩集がでた’72年にブコウスキーははじめての朗読会をおこなっている。サンフランシスコのシティ・ライツ・ブックストアでのライブはレコードにもなり、いまはCDになっている。買うのなら割愛なしの「Poems & insults」だろう(おれは知らずに割愛版を買ってしまった)。

 

Reads His Poetry

Reads His Poetry

 
Poems & Insults

Poems & Insults

 

 

 この詩集はある時期のおれにとって心の支えだった。傷まみれの拳みたいな詩句がおれをよくどやしつけてくれた。今年になって再入手し、その傷痕を確かめた。懐かしかった。おれはまた再会できたんだと、表紙にむかってささやき、かつてのおれをおおもいだす。訳者である中上哲夫の詩もいい。

 

  ボヘミアン志望者はインドの貧民窟で死ね

  死ねるものなら死ね

  死ぬという台詞と詩は信じない

  死者を所有する奴は嫌いだ

  ついに死者のやさしさはおれに訪れないだろう

  おとなしい生活や民族は嫌いだ

  ベトナム人のように卑屈で卑怯で卑劣で打算的でだれにでもフランク

   な寡黙な民族が好きだ

  戦中派のきまじめな人格が好きだ

  スキーがスメタナがストライキがストリップがスカイブルーがスルメ

   が好きだ(「グッド・バイ」部分)

  

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