みずから書き、みずから滅ぶってこと。

中田満帆 / a missing person's press による活動報告

をとこ来ぬ

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 ふなかげの淡さの陽炎午睡して



 踏む浪や月のかたちに触るるまで



 夏の夜に灯台守が泳ぎ着く



 海見ては孤独のありか確かむる



 廃屋の佇む秋よ尻屋崎



 朽ちる家営みもまた暮るるのみ



 去るときを地平のなかの棟とせる



 わがうちの愛猫秋の茎を咬む



 冬瓜のあばらに游ぶ雨垂れや


 冬ごもる街灯ばかり影長し


 
 見晴るかす頭を垂れる椿たち



 師走来て十七音の猫が翔ぶ



 海亡ぶ溲瓶の果ての氷河視る



 禊とは夏の季語なり男来ぬ


桶水の冬

 

 ビルかげに枯れ野をみてはたちつくす



 長子ふと喪われゆく冬の根を掘る



 敗れものほおばる葡萄味は灰



 老木のよじれに昏き笑み児は



 光り零す給水塔の頂きが



 うつしよよ暈をかむせよ明けの地へ



 声なくてひとりの月のわかれぎわ



 鉄条網鉄扉へ閉じしイエスのいっぴき



 うがつ穴よおのれをも葬れば詩人となる



 ひとが木で木がひとになる深夜過ぎ



 レインコート落ちてく地上ぼくを抱きしめて



 陸をひく場もない男冬かげろう



 ゆうぐれの浮浪の手にて虫赤き



 不眠つづく夢は遠くの路次に失せ



 馬かげにひとりの男撫でてふと消ゆ



 マネキンの腕よりおれを愛するものなし



 伐られては史を喪うびわの木よ



 孤立者に麦はひらきて道なせる



 不在のかげや声なきものの声を呼び



 語るものもたずに過ぎるさみしい猟人



 醒めてまたまもなきまぶち切る鳥は



 わが死後を夢見て滾る古薬罐



 未明のうち亡命せるか私道のかかし



 古帽に現われたる顔雨長く



 姉没し吊るされながら老入る外套



 ひといきれだれが道化になりうるか 



 貧し血の沸くときいずれ飛ぶ蝶と



 いっぽんの枯れ木ながれて暮れるひと



 昇れども壁の高さとなる午の虫



 桶水の冬くれなゐの寒椿


 なぐさめる怒りもなしに埠頭迫りつ



 異土に飽き郷土に厭きし一輪ざし



 隧道に果てがなき夜の麦秋



 たずねびと広告だれも笑みをするまえ



 泳ぐ鳥一瞬の間に奪えわれを



 からす過ぐまばたくかげに喪える冬



 人生という一語厭えば若木焼く



 空家にてかつてはひとを見し時計



 冬の死よかばねはそれ自身に運ばれるべし



 ひきちぎらるる釦のみ知るかれの行き方



 ぬかるみのロルカのようなよっぱらい



 情死なき水の濁りを慈しむ



 わかれてはおなじ轍を踏む野良や



 あやとりの月見て失くす妹の名を



 いばりする老年たちの声が星



 あらぶれるものは一語も吐かぬまま



 母ひとり他郷にありていまだ母

 汲み水のかつてあらぶるおもざしよ



 天球の境目中年ひとり落ちしかな



 空腹ゆえに落ちる外套曳く陸よ



 隆一の詩句を飛び越えつまづける



 冬──蝶の屍骸の翅のみわれに与えよ 



 莨火を押しつけてなお壁冷たし



 過古という国へ密かに棲む少年



 草の葉に歌声寄せてはただ老いたし



 蠅の唄に濯がれながら浮浪人 



 幾万の雨という語に滲む文字



 桶水の過古よ群小詩人の冬



 胸よごす電飾どものむつぎごと



 抱かれれば飛べるそらなき翅もたん



 熾き火産む父の背ごとく鉄塔は



 たまり水投ずるすべて愛語なきゆえ



 慰みにあらずや冬の海の凪



 野性なき男のふたり刈り葉燃ゆ



 小鳥飼う少女のひとり籠に失せ



 血の貧し言葉の交う危篤かな



 むくろ来て長子かえらず秒針長き



 あろうはずもない恋古絵葉書



 賭すものをもてずしてみる馬の滴り 



 夜の沖沈む燈台わが名も忘れ     



 尿するをことのひとり寒椿



 花追うや少年いつか冬に死す



 蟲殺めし少女のあまた銀婚式



 婚礼に黒い花輪を贈る冬



 未明にて黄色い飛沫銀杏や



 遺灰すらなきわが兄の幼顔



 外套の襟のおもさよさらば青年