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かの女らのけもののような黒髪のなかにわずかな町も枯れゆく
なぐさめてみればいいよと声放つ木々のあいだを駈けるくるぶし
繋ぐ手のなくてひとりの10月を終わりたりいま竈にくべおる
ただ見つむこと罪深くあればいい秋の終わりの黒帽をふって
樫により冬を待つひとりここで立っていますから去ってしまってください
みずからのいなくなっては消えるまで喪失するまで夜を演じる
おんがくというむねのなかにてうずくまるひとえにかれがしのゆくえだから
ひざかれるわずらいひとつ鋲を撲ついまらんかんの遠きところまで
ふとえるときわずかなる針の角ばかり見る女の子らしからず
大人にはなれないきみのそばにはいつも友だちがいるから
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ファズ・トーンかけ忘れたり雨がまた飴のいろして去っていきます
完結されないということたとえばながい午の一輪ざし
ひとりいて桔梗の暮れるうすがすみまただれを病めるのかを知らず
ダリアひとりでにひらくときぼくが欲しかったものみな失える
ミズヒキのあかるい自裁ひらくまま融けてゆくまま下着をひらく
てのひらの秋明菊の凋れるをたったひとりの祝祭におく
ホトトギスきのうのままでいたいといういちばんうえの姉を葬る
クジャクソウ秋のどろにあえかなる花を残してゆく百閒の忌
ばらの実の赤さよ旅の連れ辞といいままなるものとせし革鞄
ふと男であることを蔑みなすおぼえばかりか秋あじさい剪る
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ダリア剪るつみなきゆえに花みだれみだれゆくまたぼくの脳みそ
くたばればいいよとひとり札のかぶ読みながらみた十月桜かな
十月のセージのごとくやかましくそしてうれしい女の指ぞ
アズレアの澄むそらありぬ──いいかけて幼児誘拐営利求める
鶏頭の亡霊ばかり色を識るただおまえが撰ばれたばっかりにして
葉鶏頭あけるおまえの土地にありなぜ気持ちよく子供を嗤う
どうすればおまえに勝てる萩の枝ばかりがきっときみには似合う
すべてあり、すべてがなくてコキア咲く侵略という語しばし悦ぶ
籠下げて裸の一夜サフランに狂いたりたる主の命令
有毒物食べて一家の死ぬるにはイヌサフランの色が正しい
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りんどうの花びらかく蘂ちかく祝うみどりの婚姻が待ち
たったひとりのつれあいもなく芒の原がやけにいい午後
さらばかな酒桶に金木犀よたちどまるときもなく別れたり
シクラメン、オーヴァード-ズ、花のもと原種はみな殺すべからず
かつてまだ仲間だったみたいにかぜが来てきみをうちころす撃ち殺す
花わかれするときはいまみどりかぜ吹いてくるつかのまのこと
なみだ花まだ会えないのか隣人の倖せなどをしばし羨む
祝婚歌なくてひとりの室におり花の茎など裂き開かせん
まだ食べるには惜しいとしてオクラをひとり腐らせてしまう
かの女らのけもののようなまなこにて脅えているぼくのまなこが
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葛原妙子の本を買った。残念ながら現代歌人文庫は絶版。高値がついてる。