みずから書き、みずから滅ぶってこと。

中田満帆 / a missing person's press による活動報告

ユウコ、あるいは春の歌

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拒まれているでもなしに鴉見てわれもひとりというほかはなし



午睡するぼくの意識に落ちてきて風にふるえる野苺の果は



春畠にたつたひとりのほほえみを浮かべておれを誘うマネキン



野兎のように児ら去るしぐれより隠しに寂し手はみずからの



夜間飛行いちまひきりの板ガムでわれは飛ばさん空しさなどを



失童のあとさき《さや》という女ともにぼくは笑った羞ぢらいながら



バナナ積む港湾業務・海はまだ春に馴染んでいないよう



ひとをみな滅ぼす夢も愛ゆえにからたちの木に身をば委ねる



急行の人生をみな生きながらブレーキパッドを知らないでいる



裏階段展びてゆけゆけ入れ目なる緑の犬のまなこのなかに



あれがただ青麦みたいに見えるからふりかざされるまえに答える 



さまざまの過古のはざまに存るという出生拒む黒いみどりご



眠らない木々のようにはいられないダンス、ダンス、ラジオに合わせ



なにか叫びたるような声がして一匹の蟻を浮かべたにんぎょうの町



喪いしものみなとるにたりはせぬとはくさいの虫など殺すひととき



愛などにあこがれたまま頓死するのがせいぜいだろうと青葱を切る



きみにとりなにを意味するものがあろう情けのつゆもないまなざしで



展示さるる奉教人の木乃伊よりいまとりださん不信心など



やまびこの不在零狼かけぬけて登山家一同みな喉喰わるる   



銀河にてさまよう塵を日の本と呼びみかどらの車スピードをあぐる



かくれんぼする狂人や愛も笑いもない夜の出来事



郷愁に隷属しまい、与えまい、からすの群に石を投じる



フロントグラスに突然やって来たかの女の生霊にキスを



人狼の夜話を聴きつつ眠りたる架空の息子の羅針盤かな


 
姉妹みな葬りたし断崖の彼方の星を撃ち落とすごと

 

家族欲す憐れなるわが魂しいの救われざるを月に見ており



亡命の猫いっぴきに餌をやり詩行ふたたびわれに息づく


 
戯れに魚の頭落としたる猫の営む理髪店にて



光降る貧窮院の壁に凭れ酒という死を呑みつづけるかな



水たまり飛び越しながら光りつつ最后のひとつに加えられたし



ソーダ水の残りの滴ぱちぱちとしてコップのなかの犀目を醒ます



叢の昏れるトーチカ銃痕の数ほどにあらんや若き友の死



灰かぶり姫の幸せを語りつつ蝋引きのタンブラーに安酒の父



それがぜんぶだったんでしょうか、からっぽの郵便受けに水



小さな花きいろい花が咲きましたら惜しみなく千切れ惜しみなく奪え



もうじき晴れるという報せ来て河床に素足を入れる、ほらこれがきみの羊水か



春を過ぎるいっぴきの猫歩くとき死の爛爛を咥えるべきかな



花狂いするものはみな射たれよといっぱいの水に潜るひとあり



時来れば耳鼻科通院終え遂におれも成人死者のレースを



わからない、っていう顔して、もどりみちもはや見えない春霞濃く



濡れそぼつ聖母のごとき裸婦像やわれを見初めて連れてゆかんか



少なからず友と呼びたきひと存るもそうは呼べない物理的距離



パッチェンの詩集をひらく午后の陽に啓示されるものあらずや


  
待ちながらみずからをまた省みてバスは来たらずさつき光れる


 
夜ふけて灯りをすべて落とすたび足許にいる過古の生き霊


 
ひとの世の角を曲がれば深甚と迎え入るるはかの女の幻影


 
かげろうの歌ひとり聴くひねもすにたれかを欲すこともなきまま



ひとびとは過ぎず時間のみ過ぎてぼくはふたたび眼をそらすかな



時というときのはざまで揺れているモーテルの灯よぼくにたなびけ



垂直の人間足り得、わずかなる信を授けらるる僥倖を待つ



あたらしき浮き世に生きてひとびとのうつろをただただ遊び生きたり


 
喰われたる虹鱒ひとつ漁火を両の眼に焼きつけたりぬ



父の死后よ柩のなかに入れられて花という花も狂熱せん



牡蠣の身にすがりつくような愛をもってわれわれは檸檬の化身となりぬ



虚構にて森番たりしわが手斧みずからをまたうつし世へ還さん



二十四時くろねこひとり訪れてけむりをみせて語る夜ある



光る襞、少女のいくた過ぎ越してかげのうちへと帰る草木



うつしよの通りを歩む群れむれにだれも知らないおれを追う鬼



水のないプールのごとくからっぽの水槽抱いて少年泣きぬ



乾く蓮葬場の果てに生えておりわれ昏々としてそを見つむる



呼ぶもののこえにむく顔またひとつたがいちがいを求めて歩む



陽ざかりにシロツメ草を摘めばただ少女のような偽りを為す



ぬかるみに棲むごと手足汚してはきみの背中を眼で追うばかり 



いくばくを生きんかひとり抗いて風の壁蹴るかもめの質問



うごくもの、うごかないものにはさまれてきょうも飛べないみどりの男



いちまいきりの黄葉の終わり見落として春を喪う少年の頃



草の葉のなまえを調べ図書館の暗がりはいまぼくのものなり



きみどりいろの天使のひとつ買いに来て堕天使とった婦人に注目!



墓石の昏さを抱えねむるひと──ひとの姿を借りた墓石



流し雛が澱みのなかでほほえんでいるなにかが芽吹きはじめたからか



かりものの、かげのひとつをたずさえて踊りつづける広場の彫像



さまよいのものらみあげる窓はみなひとでないものにこそふさわしい燈しがある



きのうがまたきょうのふりをして歩いて来るなんだよおまえ地平線にでも帰れ



子供らがまた争いの支度をしてる、ねえお母さん朝ご飯まだ?



木箱くずす夕べの痛みわれわれはただひとりなる生贄求む



花野にてふさわしい死を死にたいといい散水機が暴走したり



天使来る滅びのときの滴りに翅で描いた未知のよろこび



手相見の皺の多さよ希望線反抗線の尽きるところまで深く



石を探す石を探す石を探すさりとて埒もない河原の真午



剃刀の光りのなかの黒猫の仕草が昏いところに芽吹く



常しえにきみのおもざし揺れるときふとあたらしい犯意を見いだす



別れにも涙流れず悲しさをひとり尿して路上に託す



蝶死せるいっぽん道の彼方にてだれが殺したとつぶやく安寧



でもそれがまちがいだなんていわない午前一時の脱走劇



肥桶をおきざりにして来る町に馬がひりだすような、さむけ



まだ知らない、濡れた唇、雨模様、下の句のない男の俳句


 
静かなる時代よいまだ死の灰を喰わずして存ることはできず



川上にひとがた流し少女期を葬り去るは村を出るとき



みどりさえ危うくみえる五月病咳きのなかにすべて見失う



そばにいることなんかできもしないのにただもういちどだけ花に触れる



光りさすなか一輪を剪りに来て茎もてあます朝餉のあとは



鴉飛ぶ姿は孤独を思わすと呟いておりわが妹は



ほころびにまみれた産着落ちてるとかわいいひとがまたも過ぎ去る



進入禁止の路次また路次よ葬式に遅れてひとりギンズバーグ暗唱す



きみがいた給水塔の真下には壁面塗装用の足場ばかり



雨がいま暗渠を走る・もういいよ・きみが話してくれていたから



なぜだろう・どうしてだろう・仮面売る男はいまも素顔のまんま



草のような花のようなまぶたのうえになぶくものに手をふる



修司忌やさつきのみどり燃ゆるまで灰になるまで書物を捲る



夕なぎに身を解きつつむなしさを蹴りあげ語る永久のこと



花曇る停留所よまちがえてひとつ手まえで降りる少年



葡萄を量る女たちには戒めような両の眼泳ぎつづける