みずから書き、みずから滅ぶってこと。

中田満帆 / a missing person's press による活動報告

アベローネ、あるいは冬の歌

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ひとの名を忘るしもつき机上にてミニカーいちだい消息を絶つ
 

 
安物のファルファッレを茹でながら架空の対話をひとりめぐらす



トマト罐放ちつつあり琺瑯の鍋につぶやくかつての片恋



分光器かざして見つむきみがいた町のむこうの山の頂き



青む眼の一羽が鳴らす鉄の檻ぼくは外套着て匿うさ



そらというものの対義語探したる少女のせつなぽっかり暮れる



しんしんしん、町を踏みしめながら肺透きとおるまで走る暁 



冬ざくらわずかに咲くは生田川並木のなかにひとり見つける



時も凪ぐ夜更けの海を眺めやる一人称を棄て去りながら



地上にて生きるせつなをひとり食み黒葡萄の眠りうたあり



ひと知れず生きたいなどとおもいたる広告塔の焼け落ちるなか



なまえすら棄てられるなら三畳の女郎部屋にてかすみを見たい



素裸のままに厩の主となる仔牛の胸に暖を取りつつ



灯しては病後のわれを蔑すのみ夜間巡回の看護婦の脚

  
 
告白の虚構性にて成るものを買いためて自己という旅


 
そしてみな自由あれと願いてもまだ腥きわれの水槽



古帽のなかにて眠る猫いまだ勝ち得ぬことを慰みしかな



冬衣──ひらめく彼方法悦を悟るふりして眠るひとかげ  



ひめるものもはやなきゆえ莨火のいちばん昏い色を散らせよ



われを憎む妹たちの夕月を洗面器にて保存し眺む



ぼくは姉妹たちの消息を知らずにただ由一の鮭観てる



犬を抱くようななぐさみ多かったりゆうこのいない町が暮れてる



自閉症という光りのなかに立ちながらゆうこのすべてを祝福したい



葡萄の木枯れながら蔦壁を這いわれのかげにて実る黒さよ



師走にてひとりの友を葬れし夢を見るわが旅枕あり



冬の根を掘るわれいまだ男という容れものにただ弄ばれる



愛語なく昏くなりたる室もはや孤独に甘えられずいて




朝の田に一羽のからす落ちてをりひとりの友のごと葬れり 



犬の死に捧げる花もないままに過ぎ去るばかり雨の初秋は



夜空見てつかのま死する流星よ愛しいひとこそ憎むべきひと



病身を椅子に熟めつつ語らえばえそらごとのみ冬のわが祖父



斑鳩のそらよひとひら羽が落ち町全体を包む漆黒



倦めばただ天井見つめひとときの虚ろのなかをさ迷いし哉



暗澹とするは側溝流れたる水の弾けん音を聴くとき



うなだるるわが天金の書啓くたび架空の訓示受け入れ給う

 

霜月の凍てつく蛙喰らうたび遠き仏国の匂い味わう



球体の向こうを永久の夜が来てみなは文字盤砥ぎて終わらず



死との間を洗う行為が人生と云い回廊去る清掃夫たち



(寂滅は叶わぬものよ)老医師の昏き鏡に浮かぶ待合



たずねびと色失ひつつ貼られては消えて久しいきみあり



われら零れ落ちながらゆうぐれの町町に立ちあぐる垂直体なり



保安所の不在は窓にあらわれてやすらぐだろう警報らんぷ



いばりしてれもんすかっしゅ呑みにゆくいたぶる相手さがす娘ら



村あかりあかりは遠くとおくにて野良の眸は裸のあかり



追うのみにきみは生きてるみちはぐれ不在に灯もる車内らんぷも



おまえをなぎ倒せばどれだけ救われるだろう砂場を充たせ悲しい歯痛



戻らないかれらのために開かれて廊のおわりに立つ非常口



ふたたび──はないだろうはなれていくみずからを壁のざらめきに打ちつけても



ためらいを憶えるようにふかぶかと湯に沈めゆき青い両の手



時計屋の凍てつくままの針落ちて失われるもの哀音そのほか



友情を知らぬひとりの顔さえもとっぷり暮れる洗面器かな



成熟も病いのひとつ青年の茎はかならず癒やすべからず



肉体が腐敗を免れようとあらがうときに初めて愛というものがある
 


愚者たるに楽園あらず運河にて孤舟の櫂をゆらす星暦



 
鳥語のみ教授し給う人類学者人語の解読いまだならんか


 
冬の蟻よじ登りたりもの干しの子供の靴にむくろとなりぬ



抽撰器しわすの町に運ばれて運命以前の籤の悪名



銀匂うくわるてつと手に歩く松本隆の生き霊を見し



うしろ髪なびくかの女のまぼろしを花色として素描せしかな



わがうちの小さな町の莨屋に灯り点れる永久の夕景



はらいそを識らずに落ちる御身あり視あぐるのみの劇の中絶



うすわらうひとらの若きかげなるを唾棄してなんぞ復讐足りえず



あまねくを荒れ野に譬え歩みゆくもはやかのひとを呼ぶ声もなし




15歳──コンビニエンス更けゆかん性よ艶本買いに歩きさまよう



ねこやなぎ2月のぼくのまぼろしにきみの再誕として芽吹く



校庭の白樫の木老いたれてもはやだれもぼくを呼ばない



名を持たぬコンクリートの塊が悲しむような岸壁の時化



雪降れる養老院よなまえすら忘るる犬はくらがりに集う



われをつつむ柩ありけり河岸に待っているかのようにとまれり



老犬の檻ばかりなる家々の女主人だれも顔なく



屠られるけものの匂い週末のステーキハウスの光りまぶしく



浴槽に水のない日よ遠ざかる母の亡霊しばらくおもう




夜の寡婦かぜにまぎれてぬばたまのもっとも昏いところで咳く



冬の菜をきみに贈りたし経験と呼べるものなきわが愛のため



屠られる牛こそ詩情喰うことと殺すこととは一体として   




終わりゆく枷や軛を愛おしむ幾千人の正しきひとびと



冬の日に蜆を買ってひとりのみ時計じかけの月を見上ぐる



正午過ぎ郵便配達人来たり詩人きどりの絵葉書得たり



ソーダ水呑みつつ職を熟しては水平線を見たくなりたり



雨の降ればそぞろに歩き鼻を突くペンキの匂い黴の臭みは



霧笛鳴る神戸の港不眠症長距離走者ひとり過ぎ去る



午睡せし息子の顔をしらじらと照らす冬日や間伐の音



冬の蠅いきつくところなきままに土のうえに閉じる生涯



I wanna be with 繰り返して猶答えでず海のむこうへ飛ぶゆうこかな



鳥を喰う猫ありそんなことなんかいつか忘れてしまいたりけり



莨火をふかす月夜に神という神に下れる人涜の罰



法医学教授するひと人体のなかに眠れる口唇期かな




土塊に過ぎぬわれらと唱えたる基督信徒の外套の艶



リングイネ茹でる午后の陽かたむいて生田川へとぶつかるあいま



なみだという一語の対義求めつつひざかりに子供靴ひとつあって



両の手を埋めて冬の果てを識るもてないおとこたちのうた



流民との交信中なりゆびさきを幾千まえの座標に合わせ



スローガン充ちたる町よ最愛のひとを殺せといつ叫ぶのか



主人公不在のままに幕を閉ず栄光という二字の引力



別離への餞たればいちまいの債務証書をきみに送らん



裁かるるわれの一生市場にて売れ損ないの烙印を待つ




砂漠とは渇く魂しい砂色の女がひとり佇んでゐる



椿とは女の化身惑星を滅ぼしながら旅をつづける



綴織──陽に曝されてひるがえる一瞬にただきみが笑った



ナスガママ、アルガママにてユニゾンする偶然のたしかな谺


  
かのひとを恋うる夢から醒めしただくらがりのなか両の眼をひらく



燕麦のスープ一匙ぼくは呑み知らない星の地上へ降りる 




天体をかすめて落つる衛星の望郷にみな焼かれてしまえ



汗の染む放浪詩篇かのひとの跡へむかってうち棄てたりし



冬の木のかげ昏れるとき静かなるわたしのなかの機影を掴む



枕木を数えて歩む帰り道充ちたりたれるわたしの列車



屠らるる敗馬のうちの光りたれまなこの奥の少年のぼく



通行止めのバーがたがいを遠ざける花のかげなどない公園通り



たったいま愉楽を知らずうたたねる港の杭にとどまれる鳥



立ちどまる猫や光りの一滴を夜のうちなるやさしさにして



凍てる星ひろげる両手天体を抱きしめんとす子供らの夜



神を説くひとのかげあり遡るきみの知らない男の降臨



去ってしまったかれらかの女らのことを記号に変えてばらまく夜



いつまでも青傘のなかでかくれんぼしてるふたりの猫が



ひとりのみかくれ莨のかげがある雨の降る港その端にいて



子供らの駈け去るかげ差して夕立の色素のひとつ落ちていたりぬ



硯泣くような気がして墨をとめ、わずかなそれを指で弄くる



もう春がまるで近くにあるようでふと立ちあがる軽量係は



それまでとおもいながらか雪の跡手袋だけが手をふっている


 
いもうとの睡れるときのつかのまに胡桃をわる母の手があり



雲果つる夜の頭上に閃いてきみの指までつづく天体



みずからの名すらも忘れ立ちどまる給水塔のうえの旅人



老木のごとき時間を過したる夕暮れまえのぼくのためらい



中也ごとマント掛けたる冬をいま鏡のむこうに見て風車



月光を遮りながら去るバスの無人のあとにわれゆく路



薪をわる手斧のひとつ殺しをばおもいながらに父を見つむる



ポスト・パンクするせつなさよやがてみな幾千の雪なればよい



墓地過ぐるひととき雪の光りにて子供の墓碑の光りおりたし



ぼくたちのまだやはらかなうちがわにきみらしい棘をひとつ捧げて



眠る冬知らない土地をふかぶかと踏み歩みゆくような犬のまなざし



晩年についてぼくが考えたことたとえば山羊のやわらかさとか



トム・ヴァーレインみたいにギター弾きたいという女の子がいた



エラスムス不在のうちに現れて神を説かれる淋しい寒帯



閂の黙するままに閉じられて箒のかげにすがる木枯らし



発つ霧へふいにマッチをかざしたるわれは猪(い)圏(こく)のひとかも知れず