すべては見せかけだろうか崩落する宵待草反転する花と美人画
きみへの道すがら死んでしまったものたちを弔いたいけど茶器がない
おれが死に銀河の西へゆくと聞き腹を立ててる母のまぼろし
月の夜のゴンドラゆれるまだわずか魂しいらしいものを見つけて
うつし世にもはやこがれるひともなく黒帽子の埃を払う
寂しさは茎のふくらみ触るるもの近づくものみなどこか拒みて
感傷にふけるわけでもないけれどわたしは過古をアカシアと呼ぶ
たなそこにわれはまさぐる茎たれか泣かしてみたくなればふくらむ
たわむれに古帽を叩きつけてはかりそめの野性を謳う男歌かな
だれもない待合室で草臥れて猶ひと恋し鰥夫の失意
わが知らぬ土地にてゆかこ老いたれる夜汽車みたいなひとの生かな
秋風やひとより遅く学ぶゆえわれひとりのみ労役となりぬ
少しでも幸せであればいいのだと水切りをするぼくらの時間
外套のボタン喪う日も暮れるいったいぼくがなにをしたんだ
砂糖菓子降る町ありや陸橋を過ぐときにふと考えている
干割れたる道の果てに蟻歩く北半球の地図を抱えて
生田川上流に秋を読みただ雨を聴く水に宿れる永久ということ
まだ生きる蚊の一匹がわれを追いふと恥ずかしい秋そのものが
なにをしてゐるのかぼくの隠しより少し分けやふきみに孤立を
ひとひらの地図もつ彼女らの明日をぼくはやぶいて通りすぐのみ
閉じられてゆくつかのまの改札をぬける魂しいあれはだれかな
喪失の都市に奪われゆきひとりルンペンとなるはたちのわれ
吹かれつつ地下のくらがりさ迷いて拳闘士のような男われ視る
発車音警笛排気まぎれつつ見るべきものを見ているひとり
よそものの視界のなかをゆき交えば角まがるたびちがつている顔
真夜中はどろぼうたちの靴おとにこころ癒して路上へ眠れ
人がたのように少女をさらいゆく群れの一味に声でぬわれは
善良なライオンなれば翅生やし善良な詩人なれば腐れてゆくのみ
回転式基督像の内部にてわずかに生きる蛆のきらめき
はぐれながら歩むということ一輪の花の高さを飛び越える度
長き夢もらせんの果てに終わりたる階段ひとつ遅れあがれば
かのひとのうちなる野火に焼かれたき手紙のあまた夜へ棄て来て
3階の窓より小雨眺めつつ世界にひとり尿まりており
妹らの責めるまなじり背けつつわれは示さん花の不在を
ぼくという一人称をきらうゆえ伐られし枇杷とともに倒れて
ひとひとり殺して帰えるひともなくふかき斜面に家は明るむ
ことばもてわかつものなき家なぞも急坂のうえきょうも明るく
古電球踏みつけて妬心去るのを待つもういいだろうさらばさらばだ
かみそりの匂いにひとり紛れんと午后訪れぬ床屋の光り
くやしさを飼い殺すなり灯火のもっとも昏いところみあぐる
やまぶきの光りのなかをしとやかなけもののようなきみの黒髪
睦むとききみが乳房や黒髪に寝息を発てるぼくという他者(〈ひと〉)
蟹歩く月面見んと背伸びして季節外れの風鈴をわる
ひるがえる暗闇坂のももんがよ霧のなかにて変化されたし
拾われて手帖の頁繰ればただかすみかすかなインキで──「絶つ」
手をまるめ照準鏡に見たててはみえないままのかわらけを撃つ
過古という国よたそがれ密航し少年のまま老いは来たりぬ
もはやかつてのことなどどうだっていい北半球へと歩きつづける
やがて産まるるわが児のために古き老木いっぽんを盗む
遠きわが古びた家よトーチカのごとくに滅びつつある夕べ
わが妻となりしのちにて立ちあがるきみのうちなる屠場の灯りは
また帰途を見失えりただひとりゆくなら黄葉の化身とともにして
すっぱりときれいな地獄ひとり抜け開け放ちたい天国の、古便所
それはふかいまなざしをしてぼくをみているいっぴきの猫のようなひとのようなの
ゆうぐれは烈しいまなこおもざしをゆさぶるだれもいないぶらんこ
見失われた子供のかげに匂いたつ蝶のかばねの青い悔しさ
みどりいろ義眼の犬のねむるうちのびていくのか裏階段よ
解かれるサーカステント夜のうち飛びたつために裾をひらめく
立っていることのほかにやり場なく赤い雀のくちばしを待つ
鳥籠にセルロイドの鳥を飼うかつてのぼくを取りもどすため
煙突のけむりのうえを遊んでる月いっぴきの青い晩秋
波果つるつかのま凪のなかに存り灯台守の飛べる音聴く
きみのいない夜ふけの廚にて麺麭を焼く竈の熾きのなかのまぼろし
日本語の孤愁へひとり残されて犀星の詩を口遊むのみ
唾するわがふるさとの地平にて溶接棒の光りは眩し
たかみより種子蒔くひとよ地平にてあわれみなきものすべて滅びよ
あらぶれるもののふりして聴くジャズはからかわれてる、冷めた扉に
空腹の長い午后にて牛脂嘗め、きずぐちのない傷みを癒す
蹴りあげて砕けちらばる空壜のうえを浮かべる月のあまたは
ひとの世を去ることついにできずただ口吟めるのはただの麦畑
おお夕餉小皿すれあう音もなくわれはひとりの夜を済ませて
すれちがふことのすきまをとほりぬけまひるをわかつ郵便人夫
冬用のジャケットぼくは持たないから恥ずかしく秋にとどまるつもり
砂の目をしながら歩むさまよいにわれまた砂のようにまぎれて
空一枚空腹ゆえに切り落としテレビ画面の孤児ら喰う
たが母も血より淋しきもの通いかつてからすのからかいに泣く
黙するは一語の和解なきままに朽ちて腐るるわが家の窓だ
心臓のような柘榴の実を囓り幼きときのみずからを抱く
語られることもなかりき物語の標本となるぼくの余生は
枯れし河測量人の跫音を石が呑みまた朝靄が呑む
未明にてわたしのなかを通過する貨物のなかのかれの愚かさ
冬瓜のあばらに雨の垂れるままわたしなるものわずかに忘る
星月夜きみの夢へと訪れていつまでもただ手をふってたい
眼帯のむこうにかれの未完ありまた未成熟ありまた秋風もある
両の手をひろげてひとり擬態する秋に染まるる地平線あり
ちいさな町のなかでカメラを構えてはあたらしきものすべて妬まん
午后の陽のなかで妬心はふくれたるたとえばかつてのゆうじんの家
男たちと歩くかの女に焦がれては両切り莨ひとり咥える
砕かれて猶土に還れず散らばるる浴室のタイルの水色を視る
赤インゲンの罐づめひとつ転がして休日の陽の明きを憾む
夜が降る9月は遊ぶひとりのみ遊具を跨ぐとうめいな秋
殺意さえおもいでならん河下の鉄砲岩に拳を当てる
フェンスにて眠るものありカメラ持つわれに気づいて走る野禽は
空腹と孤立の抱く茨しかぼくにはないという現象学
旅に病める芭蕉のあまた秋霖はかつてのわれを連れ去り給う
駈けていく女の子たち秋の日の選挙ポスターいちまいやぶる