みずから書き、みずから滅ぶってこと。

中田満帆 / a missing person's press による活動報告

酒鬼薔薇聖斗をめぐるショート・カット

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   *

 たぶん多くの人間が罰するということに激しいけれど鈍感で、赦すということに屈辱と同義なものを見いだしている。これは偏見である。もちろんのこと、これから書くことはすべて偏見の為せる業である。かれを赦せとはおもわないし、さらに罰しろ、曝せともおもっていない。ただかれの更生にどういう意味があったのかを推し量るのみである。
 事件当時中学1年であったおれにとって大事なことは、いかに集団に紛れるかということだった。気風のよろしくない、はっきりいって評判のわるいところに進学してしまった身にとって、じぶんをどう守るかが問題だった。不良たちは猿山のボス猿めざして戦いをはじめる。とばっちりは受けたくない。それでもやがておれは自身が異質であり、眼をつけられてしまうのだ。中古で買ったビデオ、エヴァンゲリオンを観ながら、その世界にじぶんを忘れようとした。そんなとき、事件を起こり、その犯行声明文がテレビ画面に流れた。父はいった、"まるでおまえの観てるテレビ漫画みたいじゃないか"と。おれはかぶりを降った。上空からカメラが校門を映しだす。そこには少年の生首があったのだ。かれが捕まったのはそれからほどなく。なんともあっさり、《14歳の犯行》はドラマのように飾り立てられ、過熱していった。あとは狂騒だけだ。
 かれの犯行そのものはすでに書かれてある。だが、かれのあとにつづいてひとりの中学生が同級生を刺したことをだれも知らない。それはおれが起こした事件だった。当時、ヤンキー連中に搦まれ通しだったおれはある日の午后、かれらからの呼びだしを受けた。「謝れ」という。いったい、なにを謝るのかはわからない。クラスの全員が観ている。かれらはまさに《血に飢えた狼と、仔羊とを創りだし、これよしと見たまえて》笑う神だった。おれは最後まで謝らなかった。終礼。そして放課後、やつらの仲間の、いちばん下っ端、ほとんどパシリといっていい、小さな少年の腿を、借りもののペイパーナイフで刺したのだった。刺した感触はなかったけど、出血はひどかった。おれはヤンキーの中心人物でなく、ほとんど関係のないかれを狙った。それはやはり臆病だったからだ。母親は泣いた。そしてそれきり不良たちはおれにかまわなくなった。おれがしたことは弱者が弱者に拳を振るうという、恥ずかしい行為で、下品な取り巻きたちにとっては格好の話題だった。しばらく嗤われ、おれは耐えた。やがておれは孤立していき、学校にはいかなくなった。家には居場所がない。町をさ迷い、森のなかで眠った。それが1年、やがて2年になった。そして卒業した。ここには共犯関係という事実はない。けれども同時期のできごとのなかで、これほど省みられなかったものもないようにおもう。おれが刺した少年は施設の子で、ほどなく転校していった。

   *

 それから15年ほど経った。'13年の暮れである。おれは詩集「38wの紙片」をだそうとしていた。跋文はすでに師匠である森忠明にお願いしていた。かれはこう書いた。《私の弟子たちのうち、いちばん礼儀正しかったのは酒鬼薔薇聖斗であり、いちばん無礼であったのは中田満帆である。神戸出身の両者に共通したのは、人間があまねく相続している二種の遺産、「呪い」と「ことほぎ」の比率がうれしく前者に傾きすぎていることであった》。おれは当時、せっかくの跋文にシリアルキラーのなまえを書かれて随分、不安と嫌悪を感じたものだ。もちろん肝を冷やした。なんだって詩集にやつのことなんか書くんだ!──それでもおれは呑みくだし、詩集はだされた。42部が売れた。
 それからさらに数年、酒鬼薔薇が「絶歌」をだした。おれはいまだに読んでいない。森忠明はテレビの取材を受け、「公共空間X」に一文を寄せた。

 

○『絶歌』出版における最大のミスは、文学的指導者たる私の検閲を受けなかったこと。『ポケット・モンスター』劇場版脚本家・園田英樹は一番弟子だが、大家になった今でも私のダメ出しを受けにくる。直木賞作家・森絵都などは、私の厳しいチェックに涙目になりながらも二十歳の頃から耐えていた。
 ひとことで言えば、出版は30年早すぎた。人間は最低六十年生きなければ、自他への真の苛察力と暴露技術を身(神)得できないからだ。いかなる才人でも、プロフェッショナル・ノベリストになるには、それくらいの歳月を経ねばならず、今回の処女?出版本は、良くてもア・マン・オブ・レターズにとどまっている。
(「空谷跫音録(ともきたる)第一回 元少年A・著『絶歌』――<一字の師>の感想」より引用 http://pubspace-x.net/pubspace/archives/2061

 
 そしておれに電話口でいった。
 「見えることは書けるけれど、見えない部分について自己分析ができてない、じぶんがどうして犯行に及んだとか、そういったことが書かれていない」
 かれが出版することについてはおれも森同様に否定しない。だが、だすのなら「元・少年A」ではなく、固定したなまえを名乗るべきだった。筆名でも本名でもあってもいい、とにかく記名性、責任の所在をあきらかにするべきだったろう。社会生活者としてまっとうできないのなら、別の道を歩くしかない。でも、かれはそこに覚悟を見せなかったし、物陰から撃つようなやり方で本をだしてしまった。卑劣におもう。森の「自己分析ができていない、見えることしか書いていない」という批判とともにおれはそう考えている。

 おれが刺したTよ、きみはいまどうしてるだろう?
 あのときはすまなかった。できるなら謝りたい。

   *

 

絶歌

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