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うごくことさえできずにきみが立っているのを観察する植物
でもそれがなんだったかがおもいだせない夏草のかげ
くだらないひとだねっていわれるかも知れない大人になりきれないぼくは
花かすみ病かすみのなかでいま身をひらかれるひまわりの種
きっとここがいやなんだろうとおもい斧をあげるひみつきちかな
傷みさえいいわけにするきみの卑怯もう少しだったら解きはなたれたのに
そんなことはできないよ、まるで魔法の絨毯を洗うようなことなんて
きみがきみひとりでいるほうがみんな倖せだろうっていいたいんだ
だってそうだろう草舟がゆくところまで歩くなんてのはいやだね
なによりもあざやかなのは半ズボンがきらいだった少年時代
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たがいにすれちがいつづけいつしか老いてゆくんだ縁日のなかで
ぼくがもっと大人だったらよかったのにすべてがわるいおもいでになった
夜の河、夏の河しずかに流れる水死人みたいなかつてのかたおもい
ながいあいだきみが好きだったいまではなにもよくわからないでいる
ひとちきり砂のうえを歩く海は夜の光りのなかで鈍く流れる
空気の凋んだボールみたいな抗いがきみのなかにて転がっている
緑色みたいな声だ、草壁にボールを投げる、たったふたりで
廚にて桃が腐れてゆく真昼べとついた手で故事を筆写す
どうやってきみが帰って来るのかを古語辞典のなかに見つける
きのうがまたきょうのふりをして歩いて来るなんだよおまえ地平線にでも帰れ
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剃刀の光りのなかの黒猫の仕草が昏いところに芽吹く
常しえにきみのおもざし揺れるときふとあたらしい犯意を見いだす
蝶死せるいっぽん道の彼方にてだれが殺したとつぶやく安寧
同調するぼくと煩悶するぼくのあいだ透きとおる茎みたいな刃
きれぎれになって落ちたる古傘の破片がひとる窓を過ぎ去る
でもそれがまちがいだなんていわない午前一時の脱走劇
はなればなれでおかしくなりそうだぜんぶが過古になるという解を求める
前科者ロックンローラー人夫だし検品係あしたの愁い
草のつゆはつなつの朝零れたる一瞬のかよわい諍い
夏の境界線を歩け、歩け、やりまくれないのなら歩け
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水のむこうにはあの子がいるという仮定ばかりの夏が始まった
水中めがねなくしちゃったよぼくはもう男の子にはなれないかもね
リングイネ茹でる午后の陽かたむいて生田川へとぶつかるあいま
熱い茎どうしていいのかわからないからとりあえず架空のひとたちをおもう
そればかり繰り返してもはやあともどりにできない魚かげのゆくところ
もうどこいくこともない蟷螂が首をかしげるまでは
かぜいっぴき素直になれるまでぼくはぼくを諒解しないだろう
まだ緑昏いままかな流木のひとつを友に歩くあけどき
なみだという一語の対義求めつつひざかりに子供靴ひとつあって
いまだ友だちもいないままかはるかなるところまでの鉄をいま踏む
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july──火のような灰のようなものとともに祝え誕生日など
花、水、木ともに去りゆくひとびとのあとに時雨れて消えるくやしさ
それがそれを蚕食しております、でもぼくは順番ではないのです
かなづちのきみが両足ばたつかせ泳ごうとする再会のとき
ぼくの足はふるえてるどうしたものか貝殻が怖い
なにをするでもなく読書灯の灯りを消して朝を待っている
抱きしめるだれもいなくてそぞろゆく慰めるということのおもさ
きみがまだだれかだったころをおもうなまえのない深緑のジャンパー
だれのかげもかたらない青白い光りのなかでひとりぼっちをわうだけ
なんだよこの淋しさはまるでかばねのようじゃないかきみはまだ生きてるの?
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最愛という辞の意味、愛悪という辞の意味なんか忘れて泳ぐ月の光りは
どうしてきみがいないんだってなんども反芻した 牛のように反芻したんだ
たとえば誤解されたままきみが蔑すだろう ずっとぼくのことなんか
生きていることがいつも恥ずかしい きみがたとえそばにいても
やれるものならやればいい きみがどうしてもぼくをしめたいのなら
できることはもうないなんてぼくはいいたい でもそうじゃない
雨が、雨が降りたいんだっていうなら 降らせろよ!
故もなく訪ねて来たるわれひとり、ひとりのときの月曜日かな
ひとりまぶたのなかに消えるきみ、きみさえいなかったから路次はそれだけすずしいか
まぶちには水をいささかたくましい男でありたいとおもうかぜよ、まちよ
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はじまりは河床のぬかるみ いつもいつもぼくのなかにあるそれらしきもの
窓のなかでためらいながらいるとかげまだ手心の正体も知らないでいるのか
ここにあるだけの夢、このまえに消えた夢、さっき掻き消したばかりの夢の断片
黙ったままでいてあげるから いてあげるからきみがいるっていう論証をくれ
星が泣いてる ただそれだけのことでもうなにもかも棄ててしまいたいんだぜんぶ
きみに聴いて欲しい ぼくがどうしてひとりなのかを いま
なぜ夏の声を聴くのかわからない ひとびとがいま過ぎるなかでも
七月は朝餉のときにひるがえるきみのふりした布のひとひら
ぼくの耳を土に添えていつか幾許のうずきを聴きたいとおもうつかのま
でもこうしたほうがいいんだっておもうことのためらい
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期して挑むことのさみしさ、こんなはずじゃなかった舟がいまゆれた
濡れたダウンジャケットのおもさ 透明のかぜにながされてしまうのか
どこかへといえないことの明るさを慰めとともにさ迷うおもい
鐘が鳴るみたいにギターがなるダイナコンプのひびきのなかで
しょうがいないねとつぶやく夏は凍てついた壁のようには応えてくれず
きみがまだ幼いときをおもいぼく窓に散る嚔のようだ
どうしたものか、ぼくばかりここにいる蓮の葉の回転するあいだも
きみを待つようなふりをする深緑のパーカーが好き
どれだけのこと、これだけのこと、きみと話したっていうことは
伝説のなかに戯れてつかのまの急行列車に飛ぶ亡霊の使徒
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